第77話 同じだった

「ずっと聞きたかったんだけど。」

 おや、という顔をして郁海がこちらを向いた。

 夏南から問いかけてくるなんて珍しいこともあるものだ。そう言う顔である。

「郁海はどうしてあの試合の時、未冬先輩にあんなこと言ったの?」

 春のU15予選で、未冬のシュートが炸裂しまくった日のことを思い出す。思えば郁海の煽りがきっかけと言えるだろう。

 二人はこの春に入団してきた新入生達に掃除の仕方や道具の運び方、倉庫の場所などを教えていた。今は倉庫の掃除中。

 ついこの間までランドセルを背負っていた少女たちは、目をキラキラとさせて好奇心いっぱいにピッチを走っている。可愛いなぁと思えるという事は、夏南も少しは成長した証だろうか。

 すでに次代のストライカーだなと思しき少女もいて、監督はほくほく顔だ。そして今年の新入生の中にはキーパー候補が三人もいる。みんな背が高い。一人は夏南よりも二センチ高かった。一方のフォワード候補たちは小柄だった。小さいけれども切れ味の鋭い足技を持っていて、磨けば光る原石である。

「正直に思ったことを言っただけだけど。まあ、先輩の事だから怒るだろうとは思ってたけどね。」

「怒るのわかってて言ったの?」

「先輩がああ言う人なのは4種の頃から知ってたから。」

 4種は小学生のカテゴリーの事だ。つまり、郁海は小学生次代の未冬を知っているということである。

「もしかして、郁海は小学生の頃同じチームだったとか?同じ学校?」

「うん。小学校の頃にさ、うち引っ越しで転校したの。だから、4種時代の先輩とちょっとだけ一緒だったんだ。小学校の少年団のチームにいた時だけど。あの頃から凄くてさ。男子なんかよりずっと上手くて強くて、かっこよかった。うちは引っ越しでやめちゃったんだけど、その後結局先輩も少年団辞めちゃったって後から聞いた。・・・わからんでもないよね、あれじゃ、男子の立つ瀬がなくなるわ。きっと女のくせにとかなんとか散々言われたんだろうなって想像がつく。」

 郁海がため息と共に吐き出した言葉は実に信憑性がある。

 実力がある女子が男子のチームにいればあり得る話だった。それに小学生のうちはまだまだ女子のほうが体力があったりする。

 夏南は幸いチームメイトに恵まれたからか、あるいはポジションの性質上男子よりも前に出ることが少なかったせいか、そんな思いはしたことがなかったけれど。

 柄の長い箒を手に床を掃きながら郁海がため息をついた。

「・・・もっとも先輩は、うちが同じチームにいたことなんて微塵も覚えてなかったけどね。」

 塵取りを手にしゃがんでいた夏南は、そんなチームメイトの横顔を見上げる。

 少しだけ、わかった気がした。郁海がやけに未冬と夏南に絡んできた理由。

 きっと自分のことを覚えていてほしかったのだろう。


 

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