第76話 はる過ぎて

 そこからはもう未冬の独壇場と言ってよかった。

 後半の最初の点を決めてから、追加で4回もゴールを奪う。前半あんなにも手こずっていた相手の22番の存在が空気のように軽く思えた。

 得点女王が還ってきたのだ。

 調子に乗れば乗っただけの結果を取ってくる未冬が戻ってきたのである。

 夏南がこのチームに入る前に得点女王だった未冬。今年は怪我のためになかなか調子を取り戻せずにいたけれど、ついに今日爆発したのだろう。

 きっかけは、郁海の煽りだったのかもしれない。

 そんなのはなんでもいい。

 試合終了後の挨拶で、偶然にも夏南の向かい合わせに立った22番の選手のポニーテールが震えていた。悔しくて泣いているのだろう。夏南は、彼女の顔を見ることが出来なかった。

 それでも未冬の晴れがましい顔を見ると嬉しい。

 いつまでこうやって彼女の傍でその顔を見ていられるのだろうか。


 未冬はこの春三年生になっていた。受験生である。進路を決定する学年だ。

 新人戦ではあまり活躍できなかった分、残りの大会で一層活躍し結果を残すだろう。そして、きっと彼女はサッカーを武器に進学するのだろう。

 卒団生の中には進学後もサッカーを続けている人もいるしそうでない人もいる。スポーツ推薦を受けて進路を決めた人も入れば、一般受験の人もいる。

 希望すれば監督もある程度は口を聞いてくれるらしい。せいぜい紹介程度だと聞いているが、それでも無いよりはいいのだろう。

 あの雷鳴轟いた冬の日のことが思い出される。もう二度とないだろうと思うデートの日。きっと最初で最後の思い出の日だ。

 未冬の傍で彼女の活躍を見続けていたい。出来れば同じチームで一緒に戦いたい。小学生の頃に描いていた夢は一度叶ったけれど、叶ったからこそか、夏南の思いは欲張りになった。ずっとそれを続けたいと望んでしまうようになっていた。

 カイトコーチが差し出したチラシの写真を見た時から、憧れ続けていた得点女王。

 あんなふうになりたいと言うよりは、あんな選手にパスを出したいと思っていた。

 試合を重ねるごとに、未冬の活躍は増えて勝ち星も増える。そして、それと共に彼女は夢を叶えるための前進を続けていく。

 小耳に挟んだ話では隣の市にある著名な私立高校を狙っているらしい。卒団生が過去に一人しか入学していない、地元でも屈指の有名スポーツ高だ。

 夏南には未冬を追いかけて進学できるような実績もスキルもない。

 あるのはただ、一緒にプレイしたいという思いだけだった。

 だから、試合で未冬が活躍するたびに嬉しいと思う気持ちとは裏腹に。

 それほど遠くはない別離の日が来ることを恐れて、夏南の心は、どこか晴れなかった。






 

 


 

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