第35話 デビュー

 チームのロゴが入った濃紺のベンチコートを颯爽と翻し、キャプテンの早苗がベンチへ入る選手達を連れてグラウンドへ入っていく。

 相手チームのベンチがざわついたのがわかった。

 松葉杖を付いている未冬の姿を見つけたからだろう。

 要注意選手として認識されていただろう五十川未冬の痛々しい姿に、注目が集まっている。昨年の得点女王がマークされているのは当然の話だが、その彼女が試合に出られないことがひと目でわかり、向こうのチームが浮き立ったように見えた。

 ベンチに荷物を置いて全員がスパイクを履き直す。薄いブルーのユニフォームの上にジャージを軽く羽織っていた。未冬だけはベンチコートを脱がない。アップさえ一緒に出来ないのだ。 

「ふん、未冬がいなくたって、負けやしないよ。」

 秋穂が鼻を鳴らした。

 他の二年生も、口にはしないが同じ気持ちだろう。

「もちろんよ。さあ、体を暖めてらっしゃい。」

「はい!」

 初めての公式戦に緊張気味の一年生が、恐る恐るピッチへ足を踏み入れる。

 夏南も、顔だけはいつもどおりだが、本当はガチガチに緊張していた。

 そんな一年生たち一人ひとりに、監督も、田村コーチも声をかける。

「好きなように、暴れてきなさい。」

「二年生がちゃんとフォローしてくれるから、失敗を恐れずに。」

 そうだ。

 二年生はとっくに経験済みなのだから、余裕の表情なのだろう。

 キャプテンの早苗はその証である腕章を付けて、堂々と顔を上げる。

 平気な顔をしている夏南には、未冬がこそこそと寄ってきて耳打ちした。

「ずっと見ているからね。がんばんな、夏南。」

 緊張も不安もないように見えるただ一人の後輩を気遣って、声をかけてくれる。

「はい。必ず、次に繋げてきます。」

 その答えを聞いた未冬は思わずニッコリと笑う。

 次へ繋げる。勝ち進む。リーグ戦とはいえ、勝ち残れなくては次へ繋げない。未冬が復帰を果たすまでに、勝ち続けなくてはならない。

 ベンチコートを脱いでピッチへ足を踏み出した夏南は、軽く両頬を手で叩いた。

 冷たい空気が肌を刺すけれど、それが返って身を引き締める。

 よく晴れた冬の週末の午後。

 審判の笛の音が鳴り響く。

 青々とした芝の上に円陣を組み、11人が手を握った。

 早苗の声が高らかに響く。

「全力を出し切ります!!」

 ひと呼吸置いて、他の選手が一斉に応じる。

おう!!」

「絶対に勝ちます!!」

「応!!」

「ファイトっ!!」

「応!!」

 気合の入った声が青い空に響き渡り、その声を聞いたベンチの監督がうんうんと頷く。

 それぞれの利き足をしっかりと踏みしめ、つないだ手を離し、守備位置へ散った。

 夏南にとって、中学生になって初めての公式戦のデビューとなった。


 



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