第25話 馴染む

「いっくよー!早苗っ!」

 そして、杏子のキックが相手のゴール近くまで跳ぶ。向こうのディフェンスを超えてしまった。

「あちゃー、飛ばしすぎたぁ、ごめん。」

 キャプテンが手も足も出せず、相手のキーパーがしっかりとキャッチする。

 見慣れてはいるが、杏子のキック力は本当に凄い。狙えばゴールを狙えるのかも知れないが、そんな不確かな賭けはやらない人だ。

「どんまい、です。杏子先輩。」

「切り替えだよ、杏子。」

 次は、向こうのキーパーのキック。

 ハーフのラインあたりまで飛んでくる。実にいい場所だ。誰もが落下地点を見定めて動けないでいるのは、ボールが思いのほか高く上がったからか。

 夏南は落下地点を見定めて走り出しインターセプトする。長身を活かしたヘディングで前線へボールを送る。

 誰よりも早く動く。俊足ではない夏南には、絶対にこなさなければならない課題だ。

「さんきゅー!!かなんっ」

「ナイスだよ!夏南っ」

 一歩でも遅れていたら、四番に持っていかれていただろう。

 すぐ背後近くまで、迫ってきていた。チームでは高い方とは言え、相手の四番には身長で負けている。

 そして、トップで受けてくれたのは早苗先輩だ。未冬先輩とうまく連携をしてパスを通していく。一気にゴール前まで迫るが、ディフェンスに抑えられる。

 また、舌打ちが聞こえた。

 マークに付いている4番は、中々の激情家なのか、感情がモロに外へ出るタイプなのだろう。有る意味、未冬にとても近いかも知れない。

 そう思ったら、なんだかこの大きな敵の4番が怖くなくなった。



 1−4で、一本目の練習試合は終了である。

 二本目は、向こうもこっちもメンツを変えて出場となったため、夏南はベンチに引っ込んだ。

 肩で息をしながら沈み込むようにベンチの下の床へ倒れ込む。

 とてつもない疲労感だったが、とてつもなく心地良い。

 やりきった、という感触。

 勿論、4点も許してしまったから、守りきれたとは言えない。キーパーの杏子先輩にも申し訳ないけど、それでも。

 初めて先輩たちと一緒に出場した夏南は、出せうる力の全てを出し切ったのだ。

 ふと、夏南の顔の上に影が落ちる。

「ホイ、水筒。」

 若葉が水筒を持ってきてくれたのだ。

「さん、きゅ・・・。」

 声を出すのも、やっとだ。

「頑張ってたねー。おつかれ。」

 そのまま若葉はピッチへ出ていく。

 二本目に出るのだ。

「がんばって。」

 短く、応援すると。若葉は振り返って親指を立ててみせる。

「まかして!」

 この合宿でいつのまにか同級生たちとも打ち解けてきた気がする。

 目立った変化ではない。夏南が変わったわけでもない。ただ、同級生たちや先輩たちが、夏南の扱い方を覚えた。そういうことだろう、と夏南は勝手に考えている。

 わずか二泊三日の合宿で、今までには見せなかった色々な感情を顔に出している自分にまだ、夏南自身は気付いていない。

 水筒の水を飲んで、やがてゆっくりとだが動き出しベンチに腰を下ろした。

 皆と共に声を出して応援するのだ。

 キャプテンの隣に座って、ピッチに目を向けると、連続で出場している未冬が目に入ってくる。監督が下げると言ったら、本人がまだいけると言うので続行させているのだそうだ。

「タフだなぁ・・・。さすが未冬先輩だ。」


 



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