第24話 セイブ、ミー

 三年生と二年生の中に入る一年は、郁海と夏南だけだった。郁海の顔にも緊張が走る。けれども、夏南の顔はいつもと同じだ。

 同じだけれども、夏南の心は浮き立っている。

 未冬と同じコートに、同じ色のユニフォームで立てる。練習試合であろうとも、こんな幸運は二度と来ないのではないかと思うくらいに、興奮していた。

 ソックスを直している未冬の姿は、あの写真のように清々しく、凛としている。

 幸い、天気も良くて、見事な秋晴れだ。

 細く長い足が、ブルーのサッカーパンツから伸びる。軽くアップをしているので、汗ばんだ横顔が綺麗だ。額に張り付く髪をうっとおしそうにはらう。

「ん?何見てんの?」

「なんでもないです。・・・整列しましょう。」

「あいよ。よし、行こうか。練習試合なんだから、そんなに緊張しなくていいよ、夏南。」

 軽く後輩の肩を叩いて、安心させるように笑う。

「はい。」

 主審を務める、田村コーチの笛が鳴り響いた。



 最初のキックから飛び出した相手の4番は、ラインギリギリを走りながらパスを待っている。

 その余裕が腹立たしい。ボールはこちらに有ると言うのに、戻る気もないようだ。何もしなくても勝手に自分にボールが来ると思っているのだろう。

「こっち、あるよー、千春っ」

「いいよ、いっちゃえー」

 いつもどおり、声の張りも立派な先輩たち。グラウンドの外にまで聞こえそうだ。

 しかし、向こうのディフェンスに阻まれ、ボールが外に出てしまった。

 スローインが長い。肩の強い選手なのだろうか、中々の飛距離なので、ボールを奪えなかった。

 あっという間にフォワードまでボールがまわる。

「夏南、いきな!」

 杏子先輩が指示する。言われるまでもなく、身体が動く。

 4番を止めるために近づいた。

 姿勢を低くする必要もない。相手は大柄だ。まともに当たるが、相手にもされない。簡単に横をすり抜ける。

 だが、すぐに諦める夏南ではない。右足を軸に回転して、身体を返し再び当たる。

「ちっ」

 傍にいるからか、相手の舌打ちが聞こえた。

 感じ悪い。

 が、そんなことに頓着していられない。相手が味方ゴールに近寄らないうちに、その足を止めなくては。ドリブルの位置が高くて、スライディングする場所やタイミングが測れなかった。

 かまうもんか!

 夏南の右足が地面を蹴る。

 まるで飛び蹴りのように、ボール目掛けて跳躍した。

 でも、ボールは奪えなかった。

「次、弥生入れ!」

 杏子先輩の声が聞こえる。

 すでに近くまで来ていた弥生が、こぼれ球を狙って足を出してきていた。

 それでも、ボールを奪えない。

 スライディングの体勢からすぐに立ち上がり、夏南は再び走り出した。

 もう一人のフォワードが逆サイドから上がってきているのが見える。12番だ、小柄だが速い。

 すでに杏子先輩は敵の4番と対峙する姿勢を取っている。一対一。

「させんな!夏南っっ!!」

 はるか後方から、聞こえる声。

 もう一度、跳んだ。

 相手の視界を遮る。けれども、その身体には触れないように。身体を入れる。

 4番がシュート体勢に入る瞬間だった。

 夏南は無様に地面に落ちた。背中から落ち、尻もちをついて、でんぐり返る。その耳に、堅い音が聞こえた。

 慌てて振り返れば、杏子先輩の胸に、白黒のボールがしっかりと収まっている。

 危なかった。

 お尻を地面についたまま、大きく息をつく。

「ナイス、キーパー!」

 キャプテンの声が響き渡った。ベンチで拍手が起こる。

 弥生先輩が寄ってきて、手を貸して立たせてくれた。

「ナイスファイ。いいね、凄くしつこい。」

「・・・人の嫌がることするの、大好きなんで。」

 ぺろりと舌を出してそんなことを言う後輩に、弥生が目を丸くする。

 その顔を見て、夏南が笑った。


 



 

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