第23話 うそつき

 秋の新人戦が始まるからという理由も有って、この時期に合宿を行ったのは、正解だったようだ。

 翌日の練習試合を見て、それを顕著に感じる。

 相手は格上の県代表クラス。勝つどころか得点できるかどうかあやしいくらいの強豪チームだった。

「監督ってどういうコネでこんな有名なチームとの練習試合組んでくるんですか?」

 キーパーグローブをはめながら、薫が尋ねた。

 すると、沢村監督は、にやっと嬉しそうに笑う。

「んなの、決まってんじゃん。飲み会という名の接待!!」

 渋い顔をする薫と、その隣にいた郁海が嫌そうに舌をだした。スパイクの紐を直していた若葉が、

「大人って、汚ねぇよ・・・。」

 などと芝居がかって吐き捨てた。

「余計な心配しなくていいから、選手達はいい試合をすることだけ考えなさい。」

 田村コーチがそういうと、三人は、声を揃えてはーい、と答えた。

「なんだっけ、化粧品だか健康食品だかで有名な会社がバックについてるチームなんだよね。わっ、でっか。何食ったらあんなにでかくなるんだ。」

 練習試合の相手のバスが到着し、選手達が降りてくる。その姿が目に入った途端に、その体格の良さに思わず感嘆の声が洩れる。

 片手で朝の陽射しを避けながら思わず呟いた一年の実花に、三年生の小雪が答える。

「多分、御飯三杯はいけんじゃね?」

「〜っ無理!三杯は無理。やっと食べた夏南だって苦しそうだったよ。」

「あの一際大きい4番、要注意だよ。」

「フォワードですか?」

「多分ね。もしくはボランチか・・・どちらにせよ攻撃の要だと思う。強いんだよ、当たりが。ディフェンス蹴散らしてゴール目指すタイプ。速さはそんなでもないんだけどね。」

「いや〜ん、こわ〜い。」

 裏声出して戯ける後輩に、思わず苦笑いする小雪だ。

 実際にピッチに上がればこわ〜いでは済まされない。昨年、あの四番の当たりでファールを取ったが、その後捻挫で全治一ヶ月になったのは、誰だったか。

「夏南、がんばんな。」

 副審用の旗を準備している後輩に、未冬が声をかける。

「はい?はあ、がんばりますけど、今日、わたし出るんですか?」

 ユニフォームの裾をパンツに入れながら、未冬がにっと笑った。

「出るよ。・・・あの4番を止めるのは、あんたの役目。」

 夏南が未冬を見返す。

 それから、ベンチへ荷物を運び込んでいる相手チームを凝視した。大柄な選手が多いなぁと思ったが、中でも最も長身の選手は、確かに4番を付けていた。

「あの人・・・?」

「ああ。去年、あたしと得点女王を争ったんだよ。それから、17番もね、あたってくる。それからどの選手もキック強いよ。向こうのキーパーも、でかいの打つ。」

「そうですか。」

 しかし、夏南はそれからまた、もくもくと作業に戻った。旗を取り出し、棒に巻きつけて揃える。

「クールだなぁ。」

 未冬が皮肉っぽく言うと、夏南は軽く首を横に振った。

 そんなことはない。別に冷静でもクールでもタフでもない。夏南は、ただ、顔には出ない。それだけだ。

 試合に出るよ、と言われただけでも頭の中は沸騰している。

 あの強そうな選手を止めるのが役目だと言い渡され、胸の中は興奮の渦だ。

 でも、怖いとは思わなかった。

 未冬と同じピッチに立てると思っただけで、夏南の心はもう穏やかでいられない。

 向こうの監督が挨拶にこちらのベンチへ訪れると、監督が足を運んで頭を下げる。

「おはようございます。今日はよろしくおねがいします。」

「こちらこそよろしくおねがいします。遠いところを、ありがとうございます。」

 あちらの監督は、中年、もしくは壮年のおじさんだ。あのオジさんから見れば、沢村監督は若いオネェチャンに見えるだろうか。・・・いや、無理か。

 沢村は35歳と聞いている。しかし、去年も一昨年も35歳と言い張っていたらしい。本当の年齢は教えてもらえていない。


 

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