第22話 先輩も後輩も

 思いがけない人から、思いがけない優しい言葉をかけられて。

 夏南は珍しくもその感情が顔にでてしまった。

 ぽろり、と目尻から涙が落ちる。

「わっ!ご、ごめん、なんか気に触った!?あたしまずいこと言っちゃった!?」

 口を抑えていた指に涙が落ちて、未冬の手が濡れた。慌てて両手を顔から離すと、そのまま夏南の頭を引き寄せぎゅっと抱きしめた。

「どうしよ、泣かせちゃった・・・!参ったな、仲直りしたかったのに。」

 焦ったように肩を撫でたり背中を撫でたり、顔を覗き込んだりと忙しい。その忙しない動きがなんだか可笑しくて、泣いているのに笑ってしまった。

 そして、躊躇いがちに、でも、しっかりと。

 夏南の両手も、未冬の背中へ伸びて、抱きしめ返す。

「違うんです。・・・嬉しくて、泣けちゃっただけです。そんなふうに思ってもらえてたなんて、嬉しくて。だから、先輩は何も悪くないです。」

「そ?そっか?そうなのか。よかったー・・・。早苗にさ、これ以上気まずくならないようにちゃんと仲直りしろって言われてたんだよ。泣かせたなんて、どやされちまう。」

「・・・キャプテンに言われたから、ですか?」

「・・・んー、まあ、それもあるけどさ。」

 抱きしめたままで、話を続ける。

「あたしだって、本当にあんたのパスもらいたいんだって伝えたかった。」 



 話を終えて二人は肩を組みながら部屋を出てくる。気分は同期の桜だ。実際は一年違いの先輩後輩だけれども。

 少し恥しそうに、でも嬉しそうに笑顔で向き合っている夏南の姿を見て、監督のところから戻ってきた杏子は安心したように息を吐いた。

 スッキリしたような顔の未冬も、楽しそうだ。

「よかった〜。仲直りできたのかな。」

「みたいですね。」

 その隣にさりげなく寄ってきた早苗が話しかける。

「サッカーはチームワーク大切だよ〜。監督も気にしてた、あの二人のこと。まわりもピリピリしてくるしさ〜。」

「さっすがキーパーはよく見てますね。」

「そりゃあぁねえぇ。やっぱ、後輩には頑張ってほしいじゃん?我々には出来なかったような戦績を、残せそうな後輩に恵まれて〜。嬉しいやら、複雑やら。」

 杏子のその言葉には早苗も返す言葉がない。

 昨年の大会では、一年生が二年生の出番を奪って、出場した。

 スポーツは実力が全ての世界だ。だから、たとえ年齢が上でも、先輩であっても、後輩に追い抜かれてレギュラーになれないことはある。

「やだな。早苗達になにも含むところはないよ〜。黙らないで〜。いい後輩に恵まれたと思ってるよ?あたしらだけじゃ、絶対あんなに勝ち上がれなかったもん。」

 そして、杏子は怪我のせいもあって長い間試合には出られなかった。もっとも怪我がなかったとしても、当時は杏子の上の学年に桜先輩がいたから、やはり、杏子の出番は少なかったことだろう。

「あたしら、人数いなかったしさぁ〜。ホント、早苗や未冬たち入ってきてくれて嬉しかったんだよ。桜先輩たちが卒業しちゃったら、マジで試合も出来なくなっちゃうって怯えてたし。だから、コレ本当。」

「先輩・・・。」

 苦笑いをしてみせる。

 実際、一学年で11人揃わないのだから、人数に余裕が有るチームではないのだ。

 早苗たちのクラブチームは、大きなチームではないし歴史が有るわけでもない。都心から離れた、小さな地元密着型チームで、専用のコートが有るわけでもないし、移動の際にマイクロバスが出るわけでもない。立派なスポンサーがついているわけでもないのだ。だから、不自由なことはたくさんある。

 それでも、サッカーをしたいという女子がいるから、チームを作った。

 男子の中のチームで、不本意な思いをしながら仕方なく部活としてプレイするくらいならば、たとえ小さくても、弱小でも、女子だけのチームがあればいいのに。

 沢村今日子はそう思って、このクラブチームを立ち上げたのだ。




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