第13話 いつか

”なあ、夏南、いつかさ、暇になったら”

”暇?”

”そう。サッカーも引退する時が来たら、暇になるじゃん。”

 引退、という言葉が妙におかしくて、思わず夏南は笑ってしまった。確かに、部活動は三年生の夏で終わるから、引退でいいのかもしれないけれど。

 勉強はせんのか?というツッコミはするだけ無駄かもしれない。

”俺とこのゲームのアトラクション、一緒に行こうぜ。”

”ああ、さっき言ってたテーマパークの?六番目ってステージ綺麗だもんね。”

”他に行きそうな奴いないからさ。”

”そだねー。暇になったらねー。”

 彰一がそんな先の話を言い出すなんて、珍しい。

 正直言って今の夏南にとっては、引退する時のことなんて考えられないくらいに遠い話だ。そもそも、レギュラーを勝ち取れるのかどうかすらもあやしい。

 すでに男子のクラブチームで活躍している彰一とは、わけが違う。彼は一年生ながら既に試合に出ている。

 確かに彰一は少年団時代からいいストライカーだった。中学校のサッカー部が大歓迎すると彼の入学を待っていたけれど、彰一は自分でテストを受けてクラブチームへ行ってしまったのだ。当時は、そんな彼を止められる自分に少しだけ自信があったのだけれど、今はその自尊心も行方不明だった。

”とりあえず今は、こいつを倒そう!”

 画面で巨大な緑色のモンスターが吠えている。その咆哮に二人のアバターは硬直状態だ。状態異常を修復するアイテムを探す。

”遅れてごめん、もう、戦っちゃってんの?”

 蓮太郎がログインしてきた。これで、パーティーが揃った。


 練習試合が長引いてすっかり夜になってしまった土曜日は、監督が選手達に焼き肉をご馳走してくれた。馴染みの焼肉屋は、土曜日のせいもあって繁盛している。混雑しているにも関わらず、店主は広い席を用意してくれた。

「ほらほら、いっぱい食べな〜。食べないと大きくなれないよ〜。」

 監督も、田村コーチも、肉を焼いては皿に入れて選手に手渡していく。

 選手たちは試合後だったので空腹を覚えていたのか、最初の食いつきは良かったのだが、あっという間にそのペースは落ちた。

「なんだい、もういっぱいかい?だらしないな〜。」

 もう食べられないとお腹を叩く選手達は、一応花も恥じらう乙女なので、それなりにスタイルが気になったりしているのだ。おごりだからと手放しに食べ放題するわけにはいかないのだろう。

「ね、あそこのメニューなんて書いてあるか読める?」

 隣に座っている早苗に、監督が尋ねる。早苗は目を凝らして見るが、読めないらしい。彼らのテーブル席からは離れているから、貼り出されたポスターが見えない。

「『焼酎割り、お一人さま、二杯までお替り無料』って書いてあります。」

 小さな低い声が、早苗の隣からぼそりと聞こえた。

「夏南、あれ見えるの?」

 早苗が尋ねた。

「視力2.0なので。検査すると、遠視気味なくらいだと言われます。」

「へえ〜、今どきの子ってみんな目が悪いのに、凄いね。」

 田村コーチが感心する。

「ふーん・・・。だから夏南、インターセプトうまいんだね。」

 沢村監督が店員に烏龍茶の焼酎割りを注文してから話に割り込んできた。

「え、視力関係あります?」

「そりゃ、見えなきゃ話にならないじゃない。あと夏南は視界が広い。全体をよく見ているよ。それは目がいいからかもね。」

 田村コーチの向こうにいた未冬が聞き耳を立てていたが、口を出し始めた。

「だからさ、そのボールあたしに寄越してくれればいいのに。」

「フリーだったらパス出します。」

「わたしもパス欲しい〜。この頃よく思うんだけど、夏南のパスっていいんだよね。なんか、トラップしやすいっていうのかな。ここに欲しいってところに来るようになった気がする。キックの練習凄くやってんだね。」

 キャプテンが手放しに褒めてくれて、普段はポーカーフェースの夏南も少しだけ照れたのか赤くなった。

「あ、ありがとう、ございます。」

 照れて赤面する夏南を見たのは、チームの全員が初めてのことだった。

「わ〜、ちょっと、可愛いじゃん。夏南も照れるんだね。やだ〜。」

 監督がからかうようにそういうと、皆が笑った。



 

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