第10話 ここから

 夏南は自分で言うのも何だが、攻撃向きの選手ではない。そう思っている。サッカーは好きなのだが、ガツガツ自分でシュートを決めてやろう、というタイプではないのだ。二年の未冬や早苗、一年生で言えばフォワードポジションの若葉わかば郁海いくみのようなタイプとは違う。

 なので、練習時に行う試合形式のこのゲームが、とても嫌なのだ。自分がどのポジションに行くかわからない。普段やらない位置なので、動きがわからないし、動きがわからないのでエラーする。そして、怒られる。この流れがたまらなく嫌だ。

「でもねぇ、それが狙いなのよ。だから、頑張れ。」

 実にいい笑顔で監督がそういうのだから始末に終えないのだ。

 今日のように、夏南がトップに入り、未冬がバックにいるなどという位置取りなど、最悪だ。背後からダメ出しの嵐である。

「走り出しが遅いんだよ!」

「なんでトップが戻ってくんの!」

「そこはマークをかわすんでしょーが、ちらちら見てんじゃない!」

「向こうのディフェンスの裏を書いてナンボだろーが!」

「フェイント!習わなかったのかい!?」

 昨年の得点女王の文句に、新入生の夏南は半泣きである。

 元々、優しそうな人だなどとは思っていなかったが、かといって、これだけ集中攻撃されると、中1の少女である夏南はさすがに心が折れそうになる。

「おいおい、未冬、言い過ぎ。しつこいよ。」

「そうだよ〜、相手一年生なんだから。もっと優しくしないと〜。」

 他の先輩が庇うほどだ。そして、他の一年が巻き添えを食いたくないとばかりに、夏南の傍に寄ってこない。つまりは、助けてもらえないのだ。

「夏南っ!!」

 田村コーチが叫んだ。

「ディフェンスの未冬もヒデェもんだぞ。お互い様って言ってやれ!!」

 すると、選手たちがどっと笑った。

 言い返したくても、言い返せない。そんな夏南の悔しさをわかってくれたかのように、コーチが軽口で応戦してくれる。

「なっ・・・そこまでヒドくないし!!」

 言い訳する未冬に、背後のキーパーが鋭くツッコミを入れる。

「いや、まぁまぁひどいかな。さっきだって、マークつくの忘れてたっしょ。」

「カバー入るのも、遅いし。」

「千春先輩までっ」

 こっそりと目尻の涙を拭って、夏南は顔を上げる。

 ベンチを見ると、何故か監督が親指を立てて満面の笑みで、立っていた。

 なんかわからないけど、これでいいのか、と思えた。

 得意のポジションがあるのは当然だ。けれど、他の位置の選手の動きを知るには、やってみるのが一番だ。そうして、お互いの大変さや苦労を知る。

 トップにいる未冬も、本当は心の中ではいつも聞こえているのだろう。バックからのダメ出しの嵐。その嵐は、得点したときに、初めて止むのだと。

 だからいつも、まっすぐにゴールへ向かえるのだろう。

 攻撃と守備は表裏一体だ。ディフェンスが自陣を守り苦労して奪ったボールを、繋げてトップへ渡す。渡されたボールをゴールまで持っていくのがトップの役目だ。お互いが信頼しあって、そして、思い合ってプレイするのが望ましい。

 自分は攻撃は向いていない。

 けれど、前をゆく人たちの手助けがしたい。己が肉体を盾に敵を防ぎ、防御から反撃へ転じる起点となり、少しでも、いいボールを繋げられる、そんな手助けを。

 未冬に、少しでもいいアシストが出来るような選手に。なりたい。

 叱られてばかりいる今の自分では到底無理な話かも知れないけれど。

 やがては、彼女にボールを繋ぐ選手に。



 


 

 

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