第9話 実は、傷ついた

 新入生が入ってきて一ヶ月、すぐに前期の公式戦が始まる。

 レギュラーのメインは勿論三年生と二年生だ。

 ベンチにいる一年生は、ベンチでの声出しの練習までもきっちりやらされていた。

小雪こゆきっ。カナっ。声ちっさ!腹から出せよ!」

「こそこそ笑ってんなよ実花みか。あんたも声出し、足らないぞ。」

 そうでなくてもまだ緊張が抜けない一年生だ。思い切り声を張るのは中々難しい。たったいま未冬に注意された三人は、ベンチの端に固まっている。一年生の中でも大人しい三人なのだが、実花はそろそろ猫を被っているのがバレてきていた。

「カナはあんなボール蹴れるんだから、声だって張れるだろ。もっと出しなよ。」

 未冬は、夏南の、監督に言われて蹴ったボールの威力がチーム全体を驚かせたほど力強かった件を言っているのだ。

「すみません。」

 そんなことを言われても、困る。蹴ることと声を出すことは、別だ。

「謝るんじゃなくて、声出して!」

「・・・はい。」

 萎縮したように肩を落として俯く夏南を見て、一層苛立ったのか、未冬は眉を釣り上げた。

「だからさぁ、怒ってるんじゃないの!注意してるの。ベンチの声出しだって、モチベ上げるのに大事なんだよ!?わかる!?」

「・・・はい。」

「もう・・・。次、小雪。恥しがってちゃ駄目だよ?」

「はい。でも、元々ウチ声小さいんです。」

「じゃあ大きくなるように練習しようね。次、実花。実花はもうわかってるよ、本当は声出るでしょ。ちゃんと出して。」

「そんなことないですう。あたしも、小雪みたく声ちいさいですぅ。」

「こ、れ、で、も、か!」

 未冬の両拳が実花のこめかみをぐりぐりとついた。

「いだだだぁ!!」

 グラウンド中に響くような悲鳴が、実花の口から出る。

「ホレ、出るじゃないか。」

「先輩酷いですぅ。イジメですぅ。」

「そのってのはやめて。なんか、テンション下がるから。」

 実花も小雪も、普通に二年生とこうやって話が出来る。羨ましい。

 人見知りの激しい夏南は、中々、チームに慣れることが出来ない。特に、上級生にとはうまく喋れないのだ。

 あんなに憧れた未冬先輩が目の前に居ても、ろくな言葉を口に出来なかった。

 声出しの練習が済むと、紅白戦ゲームである。チーム内で二手に別れて試合形式でゲームを行うのだ。

 監督がその日の気まぐれでチーム分けをする。酷い時は、あいうえお順で分けたり、じゃんけんだったり、クジだったりする。戦力差をまったく考えないランダムな決め方だ。

 一年生しかいないチーム対三年二年のレギュラーチームとか、はっきり言って勝負にならないくらい差を付けられたりするときも有る。欠席者が入れば、人数が足らないままで行う。当然ながら、キーパー以外はポジションもめちゃくちゃだ。

「未冬〜、ちゃんとウチのこと守ってね〜。」

 珍しくディフェンスでセンターバックの位置にいる未冬に、のんびり声をかける杏子が手を振る。

「おう。杏子じゃなくて、ゴール、守るわ。」

「つれな〜い。・・・ていうかさ、未冬、夏南イジメちゃ駄目だよ〜。」

「イジメてないよ。注意、してるの。」

「ウッソだ〜。こないだの凄いキック見せられて、悔しいんでしょ。早苗に、未冬以上って言われて根に持ってるんだよね〜。」

「根に持ってないっての!」

 図星を刺されるとムキになる、未冬の単純な性格である。

 そうなのだ。一年生に自分が劣るような気がして、苛々していたのだ。

 でも、それは八つ当たりだと判っている。

 しかも、当の本人はあの通りのむっつりである。ポーカーフェースだし、声も余り立てない。ハッキリ言えば、懐かないのだ。可愛げがないのである。

 八つ当たりは悪いと思っているけれど、つい、態度にでてしまうのだ。






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