第8話 アイあるままにわがままに
「うっふん。」
沢村監督が笑う。
この、目立たない、地味な新一年生を眺めていて、思った。
ズバリ、才能の無い、タイプ。
「っかぁ〜っ!こういうのを、いっちょ前に仕上げるのが、指導者の醍醐味ってやつなんよ!!」
昨夜、コーチの田村とビール片手に呻いた言葉はそれだ。
そんな酔っ払いを、田村は冷ややかな視線で見つめる。
「・・・才能無いなんて、よくそんな酷いことを平気で言いますね。」
「んじゃ、センスが無い。未冬とか早苗とかああ言うのは、センスがあるタイプ。つっまんねぇ〜っ放って置いても勝手に強くなるからね。」
「そういう選手がいるから、昨年は勝てたんじゃないですか。」
「うん、それな。それは間違いない。」
「・・・あんたって人は。」
「いーんだよ。ああ言うのは、自分でガツガツやってれば勝手に周りが見てくれるし。わざわざあたしが手入れしてやんなくても勝手に伸びるの!!」
『うちに六年生の女子がいるんだけど、テスト受けさせてやってくんない?』
久しぶりにきたかつてのチームメイトのメールには、そう書いてあった。
『いいよ、日程送るね。』
気軽にそう返答して、当日やってきたのは、実におとなしそうな女の子だった。身長は高いが、動きもそこまで機敏ではないし、目を瞠るようなテクニックも無い。
友人には悪いが、これは落とそうと思っていたら、監督の沢村が指さして言った。
「あの41番、入れてよ。」
と言ったのだ。
田村の友人は、『あの子、とにかく真面目さだけは保証するから。いい子だよ』
と推薦文をくれたのだけれど。真面目なだけで生き残れるかと言えば、難しい話だ。小学生のサッカーと違い、クラブチームとなれば、勝たなくてはならないからだ。
「あの子いれてちょうど11人でしょ?他にめぼしいのいないなら、あの子入れて。こういうのはさ、タイミングとか、縁とかね。そういうのも、あんのよ?」
口元のビールの泡を袖で拭った沢村が言う。
「あの子ねぇ〜、テストの間、ずうぅっっと未冬のこと目で追ってんの。きっと憧れてんのね。未冬も有名になったもんだわ。あっはっはっ」
「そりゃあ、当然でしょう。一年生で得点女王ですから。知ってる人は知ってる。こそこそ言ってる子達もいました。あ、あれが、去年の得点女王だよ〜とか。案外近くで見ると普通だね、とかね。」
中ジョッキのビールに口を付けた田村が付け加えた。
夜9時を過ぎた土曜日の居酒屋はまだ賑わっている。沢村が大笑いしようがジョッキを次々とお替りしようがそこまで迷惑になることはないだろう。
お通しの枝豆を摘みながら、酔っ払って自前のサッカー論を語る監督に耳を傾けるふりをする。もう、何回聞いたからわからない、沢村今日子のサッカー論だ。それはそれでユニークで面白いものだが、繰り返し何度も聞きたいものでもない。
田村からすれば、監督の言動に呆れる部分もある。選手の前で言わないから流しているけれど。
才能とか簡単に言わないで欲しい。
才能があっても成功しない選手は星の数ほどいる。逆に、才能はなくてもどうにかその手で夢をつかむ選手もいる。こればかりは、どうにもならないし、言えないものだ。
田村の友人は、才能あるサッカー選手だった。努力も惜しんだことはなかった。少なくとも、田村にはそう見えた。けれども、故障したことでプロになる夢を諦めたのだ。そんなチームメイトを、何人も知っている。
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