第7話 カラフルな弾丸

 新三年生のゴールキーパーの杏子あんずが、グローブを嵌めてフィールドへ出てくる。膝にサポーターをしていた。怪我で一ヶ月ほど休んでいて、ようやく今日から復帰なのだ。

 すらっと背の高い、大柄な杏子は天然パーマの髪を軽く掻いた。グローブを嵌めていて上手く掻けないので、同じ新三年生の千春ちはるに掻いてくれるように頼んでいた。

「猿のノミ取りじゃないんだから・・・。もう、この辺?」

「もちょっと下。うん、そこそこ。」

 小柄でとても三年生とは思えないほど童顔な千春が、手を伸ばして杏子の頭を掻く。掻いてもらうために腰を屈めているところを見ると、杏子は余程頭が痒いのか。

 その様子を、困惑したような表情で眺めているのが、同じゴールキーパーで新一年のかおるだった。キーパー同士で練習をしろと言われたのでゴール前に出てきたのだが、もう一人のキーパーが猿のノミ取り状態なので、その場に硬直している。

 ちなみに、新二年生はゴールキーパーがいない。田村コーチが言うところのどあほ四天王と、二人のフィールドプレーヤーがいるが、その二人は怪我で休部中なのだ。

 新二年生も入部した時は11人いた。

 だが、続けられなくて、残ったのが六人だったのだ。

 練習が辛くて来なくなる。人間関係がうまく行かなくて来なくなる。勉強が疎かになりすぎて親に辞めさせられる。致命的な怪我をして続けられなくなる。理由は様々だった。

 新三年生は元々入部した人数も少なかった。たった5人のスタートだった。だから先輩にも後輩にも頼ったけれど、人数が少なかったことが団結を強めたのか、辞める子は一人も出なかった。

 頭を掻いてもらって満足したのか、杏子はゴール前へと歩き出した。薫が安堵したようにその後を追いかける。

「田村コーチぃ、おなしゃす〜。」

 どこか間の抜けたような声で、杏子がコーチを呼んだ。

 田村コーチは元ゴールキーパーなので、教えるのは専らキーパーだった。コーチがベンチを出てゴールへと向かう。

 そして、沢村監督も立ち上がる。パス練習をしているコートへ歩き出し、ひとりひとりの動きを見て回った。ちょっとした助言なども時折挟みながら、選手たちの周囲を歩き回る。

「41番、・・・んーと、名前なんだっけ。」

「都筑です。」

「下の名前」

「夏南です。」

「夏南か。先輩だからって遠慮しないでいいぞ。未冬はちょっとやそっとじゃ壊れないからな。あんた、もっとパワーあんだろ。」

 夏南が眉根を寄せる。僅かな動きだが、困った表情なのだ。

「おい、未冬。あと20歩下がれ。」

 監督に言われるまま、未冬が後ろへ下がった。ボールは、夏南の足元に有る。夏南と未冬の距離は、コートの中央からゴールまでの長さくらいになった。未冬の背後は三メートルくらいでネットの壁になる。

「よし、じゃあー、思いっきり、蹴ってみようかぁ、夏南チャン!!」

 いやぁな気分になったが、顔には出さない。ちゃん付けで呼ばれるのがかなり嫌いな夏南である。

 躊躇していると、監督がボールを足でわざとらしく夏南の数歩前へ移動させた。助走有りでもいいらしい。

「・・・わかりました。」

 予備動作もろくになく、さっと助走をつけて夏南の右足がカラフルなボールを打つ。

 硬く、重い、響く打撃音がして、ボールが宙を飛んだ。

 それから、がっしゃああん、という耳障りな騒音を出して防護用のネットに激突した。

 呆気にとられたように口を開いた未冬と、その両隣に居た弥生と早苗が、びっくりしたように音の方を見る。

 鋭い角度で跳ね返ったボールが、てんてんと夏南の方まで戻ってくきた。

「うん、いいね。次は、コントロールだ。あのムカつく二年生を目掛けて打ってみようか。」

 戻ってきたボールを足で拾って、監督はにっこりと微笑んだ。

 未冬の隣りにいた弥生が、ぼそっと呟いた。

「あいつ、ゴールからゴール、いけんじゃね?」

 早苗がそれに付け足す。

「一年生であの飛距離って、未冬以上なんじゃないの。やるやん。」 

 

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