第6話 コーリング
才能を持っている人というのは彼女のような人のことを言うのだろう。
夏南のような凡人にはとうてい追いつくことも、手が届くこともないだろうけれど。
それでも、同じチームでプレイできるというのは、とても嬉しいし、なんだか彼女との距離が近くなったような気がした。
この時の夏南の気持ちは、雲の上の人に手が届いたとでも言うような思いなのだろう。
しかし、当の本人である五十川未冬自身は、確かに昨年得点女王となる好成績を残しているが、ただの中学生であることには変わりない。ただ、夏南よりも一学年上であるというだけの、同じ中学生に過ぎないのだ。神様でもなければ指導者でもないし、人格者でもなかった。
従って、気に入らない事には目を釣り上げて怒るし、小さな事でブツブツ不平を言ってコーチに叱られたりもする。自分のミスは誤魔化したりしらんぷりしたりもするのだ。そして、それがあまりにもオープンすぎる性格だった。オープンであるがゆえに、そこまで周囲の反感を買わずに済んでいるのだが。
無事に入団式を済ませ、グレーの練習着を着て新入生たちがチームの仲間入りを果たした。
地味過ぎて評判の悪い練習着だが、上着は薄いグレーで襟から肩にかけて黒のラインが入っている。下に履くサッカーパンツはラインと同じ黒で、脇に銀色のラインがあり、上着の灰色に合わせている。
女子のチームなのに、もっと華やかなのはないのか、などというクレームが来たとか来なかったとか言われているが、これでかなり合理的なのだ。襟を黒にすると、選手が襟元で汗を拭いても汗ジミが目立たない。そして、パンツが黒だと、何かと下半身に心配事ある女子選手にとっては色々と好都合だ。下に履くアンダーも黒色が一番取り扱いが多いだろう。
写真で見た時のブルーのユニフォームが印象的で、正直、夏南は練習着には少しがっかりした。あのブルーのユニを着た未冬を早く見たかったのだ。
しかし、試合でなければユニフォームは着ない。そんな些細なことに落ち込んでいたので、引いていたラインが少しずれてしまい、入団そうそうに田村コーチに叱られた。
アップを終えるとパス練習となり、パートナーは必ず同級生以外を選ぶことを条件に組まされた。
そして、幸運だったのか、あるいは不運だったのか。
「あたしは二年の五十川未冬。未冬でいいよ。背番号は14。ポジションはフォワード。よろしく。」
身長差はほとんどない。もしかして、僅かながら、一年の夏南のほうが高いかも知れない。相対して並ぶとそれがよくわかった。
「一年の都筑夏南です。41番で、ポジションはバックです。よろしくおねがいします。」
高鳴る胸の鼓動とは別に、ポーカーフェースの夏南は、ニコリとも出来ず自己紹介する。そんな新入りに気を使ったのか、未冬は右手を出した。
おずおずと手を出して握手を交わす。先輩は細い指で、爪の形が細長い。美しい手だった。陽に焼けてはいるけれど。夏南の手はごついから、ちょっと恥ずかしい。
「カナちゃんか。カナって呼んでいいかな。じゃ、行くよー、少し下がってね。」
グラウンドの隅へ歩きだして、パスする距離を測りながら離れていく。
「ちょっ・・・」
言いかけるも、すぐにボールが飛んでくる。
カラフルな、未冬のボールが、きれいに夏南の足元へ飛んできた。トラップして足元に置く。
20メートルほども離れた先輩へ、蹴り返した。
気付けば、もうそこら中でボールを蹴る音が繰り返されている。隣も、後ろも、だ。
もう、おしゃべりの時間ではない。
「カナ、ではなくて、カナンなんだけどな・・・。」
小さな不満は、彼女の口の中だけで響いた。
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