第5話 君と踊りたい

「おつかれさま。どうだった?」

「うん。・・・疲れた。」

「そうだよね。疲れたよね。でも、無事にテスト通ったんだからよかったじゃない。憧れの五十川未冬さん、どの子?」

「ちょっとママ、じろじろ見るのやめて!!」

「いーじゃん。ママだってチームメイトの顔覚えたいもん。」

 送迎のために来てくれた母親が、車の窓から目を皿のようにしてグラウンドの方を見るので、恥ずかしい。やめて欲しい。グラウンドから出てきたチームの先輩たちがこちらに気付くではないか。

「こんにちはー、おつかれさまーす!」

 母親の視線に気付いたのか、駐車場近くにさしかかった先輩たちは、凄く普通に、挨拶する。

 それが嬉しかったのか、母親は満面の笑顔で手を振りながら、

「どーもー!おつかれさまー!これからよろしくねー!!」

などと声を張り上げるではないか。

「ほんと、マジでやめて、ママ。恥ずかしいから、やめて。」

 慣れっこなのか、先輩たちはニコニコして会釈を返してくれた。

 未冬先輩にいたっては、両手で手を振り返すファンサービスぶりだ。夏南は恥ずかしさの余り車の影に隠れてしまった。

「もう、早く帰ろうよぉ!!本当に疲れた!!車早く出して!!」

「はいはい、わかったわよぉ」

 都筑母娘の車が駐車場を出てから、

「・・・誰の親だったっけ?」

 未冬が早苗に尋ねる。

「これからよろしくっつってたから、新入生の誰かじゃない?」

 早苗が首を傾げながら答えた。

 誰の保護者かもわからないまま平気で両手を振る未冬のサービス精神に、少しだけ呆れながら。



「なによー、そんなに怒らなくてもいいじゃないの。」

 運転席でハンドルを握ったままの母親は、上機嫌で話しかける。

 後部座席で小さくなっている夏南は、そんな母親の、空気の読めない所が嫌だ。

「で?どうだった?憧れの君は、上手かった?」

「・・・うん。・・・すっごく、すっごくカッコよかった。でも、性格は割と軽くて短気だった・・・。」

「そうなの。性格は、今日会ったばかりなんだからわかんないわよ。これからじっくり理解すればいいじゃないの。同じ新一年の子達とはどう?」

「・・・一言も、会話しなかった。」

「やれやれ。相変わらずの、人見知りね。まあ、ゆっくり行きましょうか。」

 そこまで言うと、母親はカーステレオのスイッチを入れる。娘の夏南が疲れていて、余り会話したくないのを察してのことだ。夏南が思っているほど、母親は空気が読めないわけではない。あえて読まないことはあるけれど。

 流れる車窓をぼんやりと見つめながら、夏南は小さく息をつく。もうすぐ夕暮れだ。空が赤い。

 思っていた通り、未冬先輩は凄かった。

 あのスピード感。あの技術。あの度胸。遠くゴールを見据える、強い視線。


 ”いいねぇ。そういうの、大好き、さ!”


 確かにそう言ったのが聞こえた。

 夏南の不器用なディフェンスを。無様になりながらも、ボールを奪えなくても、しつこく彼女を追いかけたことを、大好きだと言ってくれたのか。

 夏南の薄い唇に、微かな笑みが浮かんだ。

 認めてくれた。

 拙い夏南のサッカーを、あの五十川未冬が。

 トップ下からぐいぐいと攻撃のラインを上げてくる彼女の動きが素晴らしく速く、また力強くて、見惚れそうになった。

 見惚れそうになりながらも、どうやったら止められるのだろうと考えた。

 間合いを狭めず、取りすぎず、相手に付かず離れず。基本中の基本だけれど、夏南はそれしか出来ない。未冬の視界を塞ぎ、ゴールを相手の視界から見えなくする。隙のないボールさばきで、とても奪うことは出来ないが、その足を止めることは出来るはずだ。

 右か左か、前か後ろか、まるで、駆け引きのような一対一。

 胸がドキドキしてワクワクした。面白かった。たまらなかった。最後は抜かれてしまったけれど。

 数時間過ぎた今も、あの時の興奮がまだ、胸に残っている気がする。

 あの人とサッカーすると、こんな気持ちになれるのだ。




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