第2話 そこに、いる。

 夏南はサッカーが好きだった。幼い頃には、某プロチームのクリニックなどに行かせてもらったり、学校の校庭でサッカー遊びに明け暮れた。

 5年生になった春先に、夏南は少年団のサッカーチームに入った。男子ばかりのチームに唯一人の女子だった、と思いきや、数人では有るが先輩や後輩にも女子がいて、試合に行けば相手のチームにもちらほらと女子の姿が有る。夏南はそこまで浮いた存在ではなかった。

 小学校の段階ではまだまだ男子より女子の方が成長が早いためか、女子の選手でも充分に男子と同等、もしくはそれ以上にプレイすることが出来る。チームの一員として認められ、一つのポジションを任されていた夏南は、サッカーが楽しくて仕方がなかったのだ。

 

 やがて、六年生の秋も過ぎる頃。

 試合の合間に、いつも指導に来てくれるコーチから声を掛けられた。

「夏南は、身体の使い方がいいよな。なんかやってたの?」

「器械体操、みたいなやつやってた。ちっちゃい頃。」

 素直に答えた。

 夏南が通っていた幼稚園には、そういうプログラムがあったのだ。鉄棒や跳び箱、マット運動、ボール投げなどを専門の指導員が来て教えてくれていた。

「器械体操って、跳び箱とか鉄棒とか、そういう奴?」

「うん。」

「そういえば、夏南って一番高い跳び箱とべるらしいじゃん。すっげーな。男子と同じくらいだろ。」

「男子と同じ段とべるよ。」

 まだ若いそのコーチは、監督の息子さんで、大学生だった。頷きながら夏南の話に耳を傾ける。

「そっか。・・・あのさ、もしよかったらなんだけど、中学生になってもサッカー続ける気ある?」

「続けたいけど。・・・中学には私が入れるサッカー部ないから。」

 夏南が通う予定の中学校には男子だけのサッカー部はある。原則として、女子も入部してもいいことにはなっているが、ほとんどマネージャーとしての扱いになるらしい。

 夏南は選手の世話がしたいのではない。自分が試合に出て活躍したいのだ。

「女子だけのサッカーチームあるんだけど、興味ある?今度よかったら試合見に来ない?」

「え・・・?本当?」

「お母さんに伝えてみて。」

 コーチが夏南に手渡したのはそのチームのチラシと、試合日程が書かれた表だ。

 チラシには、団員の集合写真と、一人の女の子がボール蹴り上げる瞬間の写真が掲載されていた。

「この子ね、夏南よりひとつ上なんだけど、凄いんだよ。一度試合見に来て。凄くカッコイイから。」

 夏南の切れ長の目が、コーチの顔とチラシの写真を何度も往復する。

 真っ青な芝生の上でボールを蹴り上げる瞬間を、まるで切り取ったかのような躍動感の溢れる写真。蹴った瞬間に飛び散ったであろう芝生の欠片や、少女の汗までもが鮮明に映し出されている。

 細身の身体。けれども引き締まっている。髪はとても短くて、後ろから見たら男子と変わらないのではないか。薄いブルーのユニフォームの裾から長い足が飛び出していた。よく陽に焼けた、健康的な肌。

 アーモンド型の瞳はゴールを見つめているのだろうか、強い眼差しだ。

「この子が・・・?」

「うん。きっと夏南も気に入るんじゃないかな。」

 再びチラシから目を上げた夏南の頭を、コーチは嬉しそうに撫でた。チラシの少女に目を奪われている教え子が、さもありなん、とでも言う風に。

 一年生でありながら得点女王となった五十川未冬は、そこにいたのだ。



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