箱のリソース

結騎 了

#365日ショートショート 268

 えいっ、と聞こえた気がした。


 下校途中。部活の後。日暮れが早くなった9月。虫の音。風の触感。秋の匂い。秋霖で濡れたアスファルト。


 見知った道だった。さっきまでは。確かに、さっきまでは。


 ここは知らない。明るいが、目が慣れない。眩しいわけではない。どこか、空間の方が見られることを拒んでいるようだった。


「ここは……」。声にならなかった。


 あ。


 あ。


 あ。


 思わずマイクテストのように声を発するが、それは耳まで届かない。口は開いている。喉も鳴っている。それなのに、なぜ。


(ここには空気がないからだよ)


 どこからか声が聞こえた。いや、正確には聞こえたわけではない。意識の中にぬるりと滑り込んでくるようだ。耳を介したものではない。


(空気が振動して初めて音になる。でもここには空気がない。だから君の声は音にならないんだ)


 それにしたって息はできているじゃあないか。なにを変なことを言っている。ここはどこだ。なぜこかにいるんだ。答えろ。答えてくれ。早く出してくれ。


(僕が君を弾いたんだよ。元の場所から。ごめんね、箱がいっぱいになっちゃったから。適当に摘み上げたら君だったんだ)


 ……箱?


(そう、箱。君の住む世界は箱の中にあって、総量が決まっている。これはなにも、生物に限った話じゃあないんだ。人間が増えすぎたから間引いているわけでもない。リソースは有限なんだ。今回の場合、君とは全く関係ない芸能人の自叙伝が出版された。それに世界のリソースがちょっとだけ割かれたから、代わりになにか省かなくちゃあいけなくなってね)


 次第に眩しさを感じ始めていた。空間が全身を覆い隠していく。抵抗し、のけぞっても、一切の音が聞こえない。立っているのに地面がない。


(大丈夫。上手に隠しておくから。そんなふうに呼ばれるのはあまり好きじゃあないんだけど、こういうの、神が隠すって言うんだろう?)


 悲鳴の形をした口は、光に包まれた。

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箱のリソース 結騎 了 @slinky_dog_s11

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