馬鹿は殴らないと話を聞かない
町の入り口で別れたアザードに会うため、町の東部にあるという兵舎を訪ねた。兵舎の入り口には見張り番のような二人の兵士が立っていて、無許可で立ち入ろうとする私を容赦なく引き留めた。
「おいおい、嬢ちゃん。ここは子供の来るところじゃないぞ」
またしても嬢ちゃんと呼ばれる。確かに私の肉体は一〇代半ばから成長を止めてしまったが、大人びているという自覚がある。そう何度も呼ばれてしまうのは何となく不愉快だ。
「人に会いに来た。アザード・ウェインって兵士」
「ウェインか? ウェインなら……って、嬢ちゃんまさか、シオナ・アルカースか?」
「うん」
二人の男兵士は顔を見合わせ、そして、腰に差した剣の柄に手をかける。
「すまないが、ご同行願おう」
そうして、私は兵舎の中へ入ることに成功した。先程いた見張りのうちの一人を引き連れて、だが。
「私、もしかして警戒されてる?」
隣を歩く兵士の顔を見上げ、そう問いかける。彼は困ったような顔をして答えた。
「ウェインから話は聞いている。だが、帝国側の人間だっていう疑惑が拭いきれていない。ウェインを助けて取り入ろうって作戦かもしれない」
「あの三人を殺したのに?」
「一般兵三人の命と引き換えに信用を得られるなら、安いものだろう」
「そういう発言は人としてどうかと思う」
「それを殺した張本人が言うのか?」
兵士は見るからに引いているような様子を見せた。
殺した張本人だから、言えることだ。この町に滞在している戦力などたかが知れている。そんな情報を得るための信用と、三人の兵士の命。吊り合いが取れるはずもない。
「それに、私ならそんな回りくどいことしなくても国の一つや二つ、滅ぼせるよ」
「……冗談でもそういうことは言わない方がいいぞ。おっかない顔してる」
冗談に聞こえたのだろうか。呆れたような口振りで、男は話を流した。それだけ今の世の中が平和になってしまったということだろう。悪いことではない。
「ほれ、着いたぞ」
男に連れられてやってきたのは、どうやら会議室のような場所だった。
「会議室?」
「ウェインは事情聴取中だ。あの奇怪な死体を持ってきたからな」
「ああ、なるほど。もう少し原型を留めておけばよかったか」
見回りの兵士が、突然あのような肉と鎧の塊を持ち帰れば、どんな組織であれ一度は問い詰めるだろう。外の世界で生きるなら、そういった配慮も必要なのだ。
「失礼します」
ノックをして入室した男の後に続く。部屋に入るなり、奇妙なものを見るような目と、そして、私に助けを求めるような視線を感じた。
「シオナ……?」
「約束通り来たよ、アザード」
部屋の中には複数人の兵士と、手枷を嵌められたアザードがいた。随分な待遇だ。仮にも敵国の兵士の死体を持ち帰った功績があるというのに。
「隊長、シオナ・アルカースを名乗る人物です」
「その女の子が?」
私を連れてきた兵士の言葉に、正面に座っていた金髪の男が目を細める。あれがフィッツピークにいる兵士をまとめる隊長らしい。
隊長の男は私を一瞥するなり、再びアザードへと視線を戻し、呆れたようにため息をこぼした。
「ウェイン……お前、やっぱり何か隠しているな?」
「違います! 俺は見たままを話しただけで……」
「そんなわけがないだろう。この女の子のどこに、敵の兵士をあんな姿にする力があると言うんだ」
アザードは言い返すことができず、怯えた小動物のような目で私を見た。ここに至るまでにどのような会話がなされたのかは分からないが、恐らく、原因は私だろう。
「……よく分からないけど、私のせいで揉めてるってことは分かった」
「そうだな。君が何者かは知らないが……どうにもウェインが真実を話そうとしないんだ」
「話してます! 俺は彼女に助けてもらったんですって!」
なおも主張を曲げないアザードに痺れを切らしたのか、それとも、私の正体を知るためか。先に折れたのは、隊長だった。
「……ウェイン。お前の話が真実なら、この小さな女の子は兵士を変死体にするほどの力を持っているということになる。そうだな?」
「……そうです」
頭痛を抑え込むように額に手を添え、首を振る隊長。そして、私の隣にいた例の男を指差し、彼に対してこう指示を出した。
「……ネヴァン、鎧と案山子を一セット用意しろ。今すぐに」
「はっ」
そうして、ネヴァンと呼ばれたあの男が鎧と案山子を手に戻ってくるまで、それほど時間はかからなかった。
彼は戻ってくるなり、頑丈なフルアーマーを着せた案山子を部屋の中心に置き、入り口まで下がる。
「シオナ・アルカース。この鎧を着た案山子を、先の兵士と同じ状態にしてくれ。それができれば、ウェインの話を信じよう」
「それだけ?」
こちらからすれば、たったそれだけの証明で話が進むのなら断る理由もない。難しいことを要求されているわけではない。ただ目の前にある鎧を、案山子ごと破壊しろと言われているだけだ。
ヴィレオラでは子供に魔法を教えるために用いられる手法だ。まさか、この時代の魔法使いにこれしきのことができないはずもない。魔法使いならば、これくらいは基礎的にできなければならないことだ。
「ああ。勿論、難しいというならこの場で真実を——」
「
魔法を発動すると同時に、彼の言葉を遮ったことに気が付く。何を言おうとしていたのだろう。続く言葉は、鎧が圧縮される際の鉄が弾けるような音に飲まれて消えた。
尤も、
これで、信用を得られたのだろうか。この場にいる誰もが——いや、アザード以外の皆が、驚き、開いた口を閉じることができないでいた。
だが、約束は約束だ。自分で言い出したことを守らないというのなら、少し、痛い目を見てもらわなければならない。
「私の故郷に、馬鹿は殴らないと話を聞かない、って諺がある。あなたは、どう?」
「……いや、聞かせてもらおう。怪我じゃ済まなさうだ」
少し震えた声で、隊長の男は言った。私も、殴って言うことを聞かせるのは嫌だ。面倒だし、手は痛くなるし、あと直接手を下しているようで気分が悪いから。物理で痛めつけるのは性に合わない。
魔法使いの国の魔法使い お茶漬け @shiona99
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