フィッツピーク

「シオナ、ちょっといいか?」


 町に入ろうとする私を、隣にいたアザードが止める。町の入り口は一歩踏み出せば届く場所にあり、人々が活気付く声が聞こえてくる。

 私を引き止めたアザードは何だか居心地の悪そうな表情で、口を開く。


「本当はこのまま町の案内をしたいところなんだけど、これ担いだままじゃうろつけないし、こいつらのこと報告しないといけなくてさ。俺は一度兵舎に戻るから、後で来てくれないか?」


 彼の話だと、先程殺した三人は、レストレング王国と敵対関係にあるレーヴェルン帝国の偵察兵なのだ。

 とすれば、兵士であるアザードには当然、報告義務というものが発生する。大事に至ることなく事態の収拾が付いたとはいえ、それを無視することはできない。


 そも、私には彼を引き留める理由がない。むしろ、ヴィレオラのことを調べる上では邪魔になるだろう。


「いいよ。私も調べたいことがあるから」

「よかった。それと……」


 快く頷くと、彼は破損した鎧の中に手を入れ、懐から赤く染まった革袋を取り出した。

 革袋の中身はどうやら硬貨のようだ。アザードは私に両手を開くよう言い、その手に革袋の中身を広げた。


「悪い。今、手持ちがそれしかなくてさ。後で礼はするから」

「別にいいのに」

「俺の気が済まないんだよ。じゃ、また後でな」


 断る隙も与えず、彼は颯爽と走り去ってしまった。兵士から助け、怪我を治した礼は町まで案内してもらったことで精算したつもりだったが、彼からすればそうでもないようだ。

 だが、金は無いよりあった方がいい。今の私は無一文。外の世界で使える通貨など持ち合わせているはずもない。本音を言えばありがたい申し出だった。


 『ぐぅぅ』と腹の虫が鳴く。とにもかくにも、まずは腹ごしらえだ。目覚めてからここまで、まだ何も口にしていない。腹が減っては頭も回らぬ、という諺もある。つまり、空腹は魔法使いの天敵なのである。


「……そんなことを考えてたら良い匂いが……」


 町の中にある飯場から漏れ出る匂いだろう。空腹で敏感になった鼻が、鋭く察知してしまっている。早いところ食事を済ませてしまうとしよう。




 食べ歩きをしながら図書館を探している最中、気付いたことがある。それは、想像していたよりもこの町が平和だということ。

 二つの国は戦争真っ只中。そしてフィッツピークはその国境線からほど近い場所にある町だ。戦争の影響が少なからず及んでいるだろうと予想していたのだが、そうでもない。

 両国とも、まだ本格的に動き出す前なのか。いわば、戦争の準備段階。あるいは、何か動き出せない理由があるのかもしれない。


 どちらにせよ、今の私にはあまり関係のないことだ。老いることのないヴィレオラの民にとっては、他国の情勢など大した意味を持たない。どうせ、私達が生きている間に、何度も何度も建国と滅亡を繰り返すのだから。


 今必要なのは、当のヴィレオラの情報だ。塔の朽ち果て具合と町の規模や栄え方からして、恐らく一〇〇年以上は経過している。ヴィレオラ滅亡の全てを知ることができるとは思っていないが、せめてここが何年後の世界なのかくらいは知っておきたい。


 そうしてやってきたのは町にあるただ一つの図書館。アザードの言葉通り、規模は大きくない。


「あら、こんにちは」


 扉を開け、鈴の音と共に出迎えてくれたのは、若い女だった。まだ三〇代前後だろう。彼女は私の姿を見て、にこりと微笑む。


「初めましてね、可愛らしいお嬢さん」

「お嬢さんって呼ばれるほどの歳でもないけど」

「あらそう? ごめんなさいね」


 子供の見栄っ張りだと思われているのだろう。面倒なので、誤解を解く気もない。


「一応、入館にはお金がかかるんだけど……持ってきてる?」

「これで足りるなら」


 ポケットに直接入れていた、アザードから貰った硬貨を全て取り出し、手のひらに乗せて見せる。彼女はその中から銅色の硬貨と銀色の硬貨を一枚ずつ取った。


「十分ね。こっちは入館料で、こっちは保証料。保証料は本を破いたり、中で騒いだりしなければ後で返金されるわ。悪質な場合は別途請求することもあるから気を付けてね」


 了承の意を込めて首を縦に振ると、入館証なのだろうか、薄い木の板を手渡してくる。

 板を受け取り、懐に仕舞うと、頬杖をつきながら彼女が言う。


「初めて来たのなら、本を探すのを手伝いましょうか?」


 ありがたい申し出だ。小さな図書館とはいえ、この中から目当ての本だけを探し当てるのは骨が折れる。


「魔法使いの国関連の本はどこにある?」

「魔法使いの国の? それなら……五の八の本棚にあるわ。その若さで珍しいわね」

「まあね」


 手元にある資料のようなものをめくりながら答えた彼女に礼を言い、指定された本棚に向かう。ずらりと立ち並ぶ巨大な本棚と、無数の本。五の八と書かれた本棚の隅の方に、魔法使いの国に関連した本が並べられていた。


「……四冊だけか」


 思っていたよりも量が少なく、薄い。しかも、そのうちの二冊は同じような題名で、同じような内容が綴られていることが容易に想像できた。


 ひとまず四冊とも手に取り、図書館内にある読書机へ向かう。初めに開いたのは『魔法使いの国の歴史』と題された歴史書だ。いや、歴史書というにはあまりにも薄すぎる。指一本分ほどの厚さの歴史書など、あってたまるものか。


「……なんだこれ」


 ぱらぱらとページをめくりながら歴史書を読む。だが、そのあまりにもいい加減な中身に、思わず頭痛がしてしまいそうなほどだった。

 他国の人間がただの想像で書き記した、歴史書とも呼べない妄想日記。そもそも、ヴィレオラは他国との関わりを持たなかったのだから、ヴィレオラの民が書いたものでもない限り、内容が偽りだらけなものであることは必然だった。


 一応、この本によればヴィレオラが滅亡したのは今からおよそ三二〇年ほど前のことだそうだ。これが頼りになる情報かどうかは、まだ分からない。


 二冊目の本は、やはりこの歴史書と同じような内容だった。いい加減で中身のない内容。しかし、ヴィレオラが滅亡した年もまた一致していた。


 三冊目は、子供向けの絵本だった。かつて存在したという魔法使いの国には不老不死の魔法使いが暮らしていて、世界征服を企んでいるというような内容だ。

 世界征服を企んでいたわけでもなければ、ヴィレオラの魔法使いは『不老』ではあるが『不死』ではないなど、間違った点ばかりが見受けられた。が、ヴィレオラが滅亡したのはおよそ三〇〇年ほど前と、そこだけは一致していた。


 四冊目は——滅亡した魔法使いの国の謎に迫る、自称冒険家の自叙伝だ。滅亡したヴィレオラの遺跡を調査し、その原因を探っていた自叙伝は、『謎に包まれた国は、やはり、謎に包まれたままであった』という、よく分からない言葉で締め括られていた。

 しかし、やはりここでも滅亡したのは二八〇年ほど前、発行年を計算に入れれば、およそ三二〇年ほど前という結果になる。



 魔法使いの国がどうやって滅びたのかは手掛かりさえ掴めなかった。だが、滅亡してから三〇〇年以上時が経っていることは分かった。私は三〇〇年以上も眠り続けていたわけだ。

 流石の私でもあり得ない。滅亡したきっかけがなんであれ、国が滅んだことにも気が付かず眠り続けていたなんてことは、本来なら起こり得ないはずだ。


「……何か裏があるな。思ったより闇が深そう」


 ならば、考えられる可能性は一つ。私は、眠らされていた・・・・・・・のだ。封印されていた、と言い換えてもいい。恐らく、私のことを邪魔だと思っていた何者かの手によって。


「そいつ……生き残ってるだろうな」


 ぼそりと、誰にも聞こえないような声でつぶやいた。

 大前提として、ヴィレオラを滅ぼすような力を持つ者は、ヴィレオラの民以外には考えられない。魔法使いが反逆し、国を滅ぼしたのだろう。その上で私が邪魔だったから眠らせたのだ。

 そして、ヴィレオラの民は不老である。寿命が原因で死ぬことはない。ならば、三〇〇年後の世界である現代でも生きている可能性が高い。


 次の目的は見えてきた。ヴィレオラが滅びた原因を『ヴィレオラの民の反逆』だと仮定し、生き残っているであろう反逆者を探し出す。


(……とりあえず、アザードのところに戻ろう)


 兵士ならばある程度世界情勢にも詳しいだろう。アザードに相談して、次の目的地を決めることとしよう。

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