魔法使い?

 アザード・ウェイン。彼の怪我を治療し、町へと案内してもらう道すがら、お互いがお互いを質問攻めにしていた。

 彼の所属はレストレング王国。聞いたことのない名前の国だ。恐らく、私が眠っている間に建国されたのだろう。

 そして、このレストレング王国と戦争をしているのが、レーヴェルン帝国。先程始末した三人の兵士は帝国所属の者達だ。


 戦争をしている理由は、なんてことのない、くだらない理由。資源に乏しいレーヴェルン帝国は自然豊かなレストレング王国の領地を奪うため、戦争を吹っ掛けたのだ。やはり、いつの世も争いは簡単に起きてしまう。簡単に起きてしまうくせに、中々終わりを迎えてはくれない。


 そして、今私達がいるこの森が、丁度レストレング王国とレーヴェルン帝国の国境線付近なのだという。少し、王国側に近い場所だ。

 あの三人は偵察兵で、偶然一人で警戒中のアザードに見つかってしまい、戦闘に発展。アザードは数に押され逃走したが、偵察兵がわざわざ目撃者を生かしておく理由もない。


 という、これらが先の事態の顛末だ。地図などがないため正確な位置は分からないが、ここがヴィレオラの跡地付近なのは疑いようもない。ヴィレオラが滅んだ後、放棄された大地を奪い合うようにして二つの国が興されたのだろう。


「いつの時代も、人は戦争が好きだなぁ。何が楽しくて争い合うんだか」


 ヴィレオラの民である私達からすれば、戦争なんてものには何の生産もなければメリットもない、無意味な行為だ。


 何故、圧倒的戦力を持って一方的に攻撃しないのか。


 戦争に発展させるなんてことに意味はない。かつてはヴィレオラも宣戦布告をされることがあった。突然やってきた他国の兵士が、ヴィレオラに投石をしてきたこともあった。

 そんなことが起これば、すぐさまその部隊を排除し、魔法使い達が出向いて国を壊滅させる。城の一つや二つ、都市の三つや四つを陥落させ、首謀者を晒し首にする。そうすれば、戦争など起きはしない。圧倒的なまでの戦力差を前にして、連中は戦う気力さえ失ってしまう。

 敵意には破滅を。魔法使いの国に伝わる諺だ。無関係な人間は生かし、敵意を持つ人間は始末する。ヴィレオラの民はそうやって育ってきた。



「……楽しくなんてないさ。戦争なんて、起きない方がいいに決まってる」



 そんな私の言葉を、恐らくは意味を履き違えて捉えたのだろう。アザードは歯を強く食いしばり、言った。私はあくまで、戦争に発展させずに壊滅させればいいという意味で言ったに過ぎない。


「それより、君のことも教えてくれ。どうしてあんなところに?」

「昼寝をしてたら……あそこにいた」

「まあ、天気良いもんな。昼寝でもしたくなるか」


 嘘は言っていない。出会ったばかりの人間に、ヴィレオラ出身の魔法使いだと言っても信じてもらえないだろう。

 幸い、アザードは足りなかった言葉を自らの脳内で補完し、納得してくれたようだった。しかし、彼の追及は止まらない。


「魔法使いなのか?」

「見れば分かるでしょ?」

「いや……魔法使いって杖を持ってるものだろ?」


 アザードは首を傾げながら言う。


 一般的な知識として、魔法使いは杖を用いるものである。魔力を増幅させる効果を持つ、リュジナという木の枝を加工した杖を使用することで、魔法の効果を増幅させることができるのだ。

 しかし、それはあくまでも一般的な魔法使いの話だ。魔法使いの国の魔法使いは、杖を使用しない。


「別に、杖が無ければ魔法を使えないわけじゃないよ」

「そうなのか? 魔法には疎くてさ……奴らを殺した魔法、あれも初めて見たよ」

自滅の鎧デーアワルスのこと? あれは私の故郷では基礎的な魔法だったよ」


 確かに、ヴィレオラの外であの魔法を使っている人間は見たことがない。元々はヴィレオラで生まれた魔法だが、同じ発想ができれば同じような魔法が生まれるはず。

 私もあまり詳しいわけではないが、外の世界の魔法使いは、大きな火の球を生み出したり、水の砲弾を放ったり、そんな非効率的な魔法ばかりを極めようとしているらしい。要は、実用性とは別に、華やかな見た目も重視した魔法が発達しているのだ。


 あくまで私の推測になるが、それは魔法使いの地位を向上させるために必要な過程だったのではないかと思う。ヴィレオラは魔法使いの国と呼ばれたように、国民全てが魔法使いだった。故に、魔法使いの地位を考える必要などがない。

 だが、外の世界は違う。剣士もいれば、魔法使いもいる。そんな中で魔法使いの地位を高めるために、『分かりやすく』『強力な』魔法を発達させる必要があったのだ。


 自滅の鎧デーアワルスのような魔法は強力ではあるものの、やや華やかさに欠ける。それよりも、巨大な火を打ち上げるなりした方が、人の目には分かりやすく強大に映るだろう。


「ほら、魔法ってもっとこう……火とか水を出したりするものじゃないのか?」

「人一人殺すのにそんな大袈裟な魔法は必要ないよ。人間は、頭か心臓を潰されると死ぬんだから」


 だが、ヴィレオラの魔法使いから言わせてみれば、そんなものはただの無能である。人一人を殺すのに巨大な火柱をあげる必要などない。人間というのは大抵、頭か心臓を潰されれば死ぬ。もっと言えば、身体の大部分を欠損したり、腹部を斬られた程度でも死に至る。そんな脆弱な人間を殺すために、華やかな魔法など必要ない。

 自滅の鎧デーアワルスを含めたヴィレオラの基礎魔法は、そういった考えから生まれた魔法だ。魔力の効率が良くないものもあるが、それでも、外の世界の魔法使いの魔法に比べれば、天と地ほどの差がある。


 私の言葉に悪寒でも感じたのか、アザードは顔を青くする。兵士ならば生殺の話には慣れているだろうと思っていたのだが、生々しい話は苦手らしい。


「……それより、町はまだ遠いの?」

「いや、この上り坂を上り切れば見えてくるはずだ。ほら、もう少し」


 言われた通りに坂を上り切ると、眼下に小さな町が見えた。都市というほどの規模ではないが、村というほど小さくもない。人の行き交いも活発に見える。


 アザードは左手で町を指差しながら、安堵したような声で言った。


「あれがフィッツピークだ。それほど大きな町でもないけど、宿も飯場もある」

「図書館は?」

「あるぞ。小さいけどな」


 図書館があるならば歴史を学べる。私が町を探していた第一の理由がそれだ。何よりもまずは、この世界がどれだけ時を経てしまったのか。魔法使いの国が滅びてからどれほど時間が経ってしまったのかを知らなくてはならない。


 それから——どうして、悠久の国とまで呼ばれたヴィレオラが滅んでしまったのか。その理由を知りたい。




 植物の蔓で縛り、まとめ上げた三人分の死体を、アザードは右の肩で担ぎ、私達はフィッツピークへと足を進めた。

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