第4話 冬
クスダマがただの野良猫じゃないと確信したあの日から、私はフリーな日を作っては1日中張り付いて彼の行動を観察してみることにした。
ある日は増渕さんの店に寄ったり、雪さんと猫じゃらしで遊んだり、凛也くんとかくれんぼしたり。結局いつもの日常と何ら変化はなくて、いつの間にか飽きて見張るのも辞めてしまっていた。
そして月日は経ち、数十年に一度の大降雪でアスファルトが見えない程雪積もる深夜。
交通機関も完全にストップしてバイト先から歩いて帰路についた私は、人も車すらいない通りをゾンビのように進んでいた。
そして公園に差し掛かるも桜の木の下にクスダマの姿はなくて、流石に増渕さんちにいったかと一安心。
と思っていたのも矢先、良く見ると茂みの中に倒れている物陰が見えた。
「クスダマ!!」
慌てて駆け寄ると、血だらけのクスダマが雪の中に横たわっていた。
見ると尻尾の辺りに何かがくっついて蠢いている。
それは毛むくじゃらな腕のようで……。
「グルル」
「え、きゃー!」
腕からギョロっと巨大な目玉が現れて思わず叫んでしまった。腕ではなく化け物の身体だった。
「クスダマから離れて!離れろこの化け物!」
でも恐怖よりクスダマを助けなきゃという心が勝って、気づいたら傍に刺さったスコップで何度も何度も化け物を殴っていた。
「グル……グフッ……」
元々だいぶ弱っていたのか、化け物は息絶えると粉になって桜の木の上に空いた穴へと消えた。
「何だったの……」
呆然とする間も無く、クスダマを抱き抱えてアパートへ連れ帰った。
私はすぐさま蒸したタオルで震えるクスダマの身体を包み込むと、傷口を消毒してパッドを貼っていく。
処置が完了したらミルクを温めて動物用の哺乳瓶に移すとゆっくりと飲ませてあげた。
「……ぐっ!」
「え、クスダマ?」
大分呼吸が落ち着いたので暫くしたら目を覚ますだろうと見守っていると、突然クスダマが呻き声をあげだした。
そしてみるみる内に姿を変えると、やがてスラっとした人型になったのだ。
身長は雪さんより高い長身でまるでスーパーモデル。頭には耳が生えておりコスプレみたい。
「……はぁはぁ」
「え、誰?」
「楓子ちゃんありがとう。助かった」
「も、もしかしてクスダマ……ですか?」
突然現れた浮世離れした美形の男にドギマギして思わず敬語になってしまう。
彼は肩で息をしながら頷くと。いつの間に嵌めたのか奇怪な腕時計を見遣った。
「……潮時か」
「待って、え、どういうこと?」
クスダマと思しき美青年は私を見つめてやんわり微笑む。見た目こそ全く猫とは違うが、その鋭いグリーンの瞳は確かにクスダマだった。
「そうだね。こうなったら仕方ない。混乱するよねそりゃ。そう、僕はあのクスダマだよ。まあ本当の名前はSE86だけど」
断言されても口が空いたまま整理できない。
そんな私を見かねて彼はゆっくりと続ける。
「まず助けてくれてありがとう。普段だったら何てことないんだが、集団で襲われた上に逃した1体に奇襲を掛けられてそのままこっちに侵入されたんだ。君がいなければ危なかった」
「……」
「ごめんよ。つまり単刀直入に言うと、僕は猫じゃないんだ。この星の者ですらない」
「え?」
「僕は異世界から来たガーディアン。地球侵略を試みるエイリアンから君たち人類を守る為に派遣された存在なんだ。毎日桜の木からポータルを通して宇宙で戦ってた。星ごと直接攻めてくる存在や異空間を伝う異物も、全て退治してね」
「!」
訳の分からない話だが、急にニュースやクスダマの不思議が繋がった。
突如消えた小惑星。毎日傷だらけの身体。猫では考えられない長寿。そしてあの化け物……。
本当に守護神だったんだ。
「でも、どうして猫に」
彼は苦笑する。
「人類に最も違和感なく身近にいれる存在。かつ身体能力が高かったから、かな。最初は15年ぐらいの任期ですぐ帰るはずだったんだけど、チエちゃんを皮切りに色んな人が可愛がってくれてこの街に愛着が沸いて気づいたら70年……」
「チエちゃん?」
「あぁ増渕さんかな。彼女がまだ7歳か8歳ぐらいの時に僕の最初の危機が訪れてね。戦い中に猫に戻って用水路に落ちてしまったんだ。たまたまそれを見つけた彼女が飛び込んで僕を救ってくれたのさ」
「そんなことが……」
「それ以来彼女は公園に来ては僕を気にかけてくれてね。それを見た周りの大人も段々と僕を気にかけるようになったんだ」
「で、僕の方もチエちゃんを気にかけるようになって、時々助けちゃったんだ。近所の気になる男の子と結婚したいあの子の夢の為にゴロウくん……旦那さんと出会わせたりね。本当はあまり良くないんだけど」
「じゃあやっぱりこの間落ちそうになった増渕さんを移動させたのは」
「僕さ。台風を消したのもね」
そう言って彼が左手を哺乳瓶に翳すと、瞬く間に浮き上がり台所の流しにポトッと落ちた。
「ご馳走様」
「凄い……」
目を疑うような状況だが、目の前で起きている以上信じざるを得ない。
「楓子ちゃんが僕の前に現れた時、チエちゃんみたいだなってすぐ思ったよ。優しくて献身的で人のことを考えられる性格。そして夢への願望もね」
「じゃあ、あなたはそうやって夢を持つ人々を助けてくれてたってこと?」
彼は頷く。
「僕はきっかけを作っただけ。後どうするかは本人次第さ。雪さんや凛也くんとの出会いも、発展させたのは君のおかげ。素晴らしい君の絵も、君の力だから」
「……ありがとう」
彼の言葉が胸にスンと落ちた。
「もういかなきゃ。最後の敵を君が倒してくれたから伸ばした任期も終わりだ。故郷へ帰らないと」
「すぐ帰っちゃうの?」
「管理する国王が僕たちを自動で呼び戻すんだ。だからお別れだよ」
私だけじゃない。雪さんも凛也くんも、そして増渕さんもお別れできないなんて。
思い立った私は部屋中を漁った。
「これ、思い出として持って帰ってほしい!」
「楓子ちゃん」
彼は雪さんお気に入りのビールに、凛也くんが撮った写真。そして私が描いた増渕さんとクスダマの水彩画を受け取ると、ゆっくり頷いた。
「こんなに素晴らしい人類に出会えてよかった。きっと君たちはこれからも大丈夫だ。構わず、前へ進むといい」
そう言って彼の全身が光ると、再び見慣れた三毛猫の姿に戻った。
「にゃー!」
「クスダマ!」
クスダマは最後に喉をゴロゴロ鳴らすと、現れたポータルの中へと消えていった。
「……クスダマ、ありがとう」
1人だけの小さな部屋で、私は涙を流しながら呟く。
徐に窓を開けると、さっきまで大粒で降っていた雪はすっかり止み、雲の合間からは輝く満月が顔を出していた。
長寿猫クスダマの秘密 さあめ4号🦈 @uverteima81
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