第3話 秋

「凄く綺麗な絵ですね」


美しい紅葉が舞い散る涼しげな昼下がり。

公園に椅子を置いてクスダマを描いていると、不意に後ろから褒められた。


振り向くと、一眼レフを構えた制服姿の青年が立っていた。背が低く犬のような可愛らしい顔立ちは見覚えがある。

そうだ、前に何度かカメラを持ってる姿を公園や焼き鳥屋で見たのだ。


「ありがとう。えっとたしか」

「一高2年の凛也です」


顔に似合わず案外声は低めで男らしさを感じさせる。


「ご近所さんだよね。たまに公園に来てるの見てたよ。私、楓子。凛也くん学校は?」

「今日は午前終わりなんです」

「そうなんだ。良いカメラ持ってるね」


凛也くんはにっこり笑って私とクスダマをフレームに入れるとシャッターを切った。


「良く撮れた?」

「はいバッチリ。でも何だか楓子さんの絵の方が輝いてみえます」

「ありがとう。凛也くんはカメラ部とか?」

「いえ、でも将来写真家になりたいと思ってて」


夢を語る彼の目は少し自信が無さげだ。


「……どうしたの?」

「実は高校を出たら大学へ行かず世界を旅してようと思うんです。色んな人や動物に出会って、世界をこの目とカメラに焼き付けたい。その為に今までのお年玉とバイトで貯めた貯金もあるので」

「凄いね」

「テレビで見たある写真家に小さい頃から憧れてたんです。その人は世界を旅して色々な猫を撮るんですけど、まるで自分が自然と一体になったように溶け込みながらで。個展も見て心から感動しました。……だから、僕もそうなりたいって」

「素敵だと思うよ。腕に乗ったクスダマを至近距離で撮ってたことあるもんね」

「見られてたんですね。恥ずかしい……親は公務員だから反対すると思うんです。しっかり勉強して良い大学に入って堅実な社会人になる事を期待してる」


寂しそうな彼の表情が自分と重なるのを感じた。私も親に反対されて、自分で受験料とか稼いで出てきたなあ。


「凛也くんさ、クスダマが守護神って知ってた?」

「え?」

「焼き鳥屋の増渕さんがね、この子は自分に親切にしてくれた人を守ってくれるんだって。それに夢も後押ししてくれる。何か不思議な経験はない?」


凛也くんは顎に手を当てて地面と睨めっこした後、ハッと口を開く。


「そういえば昔。このカメラを買う為におじいちゃんからもらったお金を持って店に向かってたんですが、途中で公園でケガしてるクスダマを見つけて手当してるうちに封筒を落としちゃったんです」

「大変だ」

「はい。親にも怒られて凄く落ち込みました。……でも、部屋に戻ったら窓の下にあったんです。落としたはずの封筒が」

「やっぱり」


合点が行った。やっぱりこの子は。


「それってクスダマが凛也くんの夢を後押ししてくれたってことだよ」

「そう、なんですかね」

「絶対そう。それにしっかりお金も貯めて準備してるんだし、心の中では決まってるんじゃない?」

「まぁ。それは……」

「後悔しない選択をしなよ。私も画家になりたくて親の反対押し切って上京したんだ。凛也くんのように夢を追い求めてね」

「そうだったんだ」

「後は自分を信じれば、きっと大丈夫だよ。何でもね」


それは、私自身にも言い聞かせるように。



「……そうですね。そっか全部は自分次第」

「うん」

「後で後悔したくないし、今日親に言ってみることにします!」


彼の瞳から不安げな色が消えた。


「お互い夢、叶えよう」

「はい!クスダマもありがとなー」


わしゃわしゃと少し乱雑な撫で方は男の子っぽいけど。案外クスダマも悪い気はしないみたいで前足を彼の手に絡ませて舐める。


「じゃあまた!」


軽い足取りで彼は去っていく。

後から貰った写真の私は口が半開きで何だか間抜け面で思わず笑っちゃったけど、横に座るクスダマのグリーンの瞳は相変わらず鋭くレンズを射抜いていた。

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