前編 骨接ぎ屋、十蔵

彼らが何かを叫んでいるが何を言っているのか分からなかった。オイラの手は震えていた。冷静に考えると初めて人を斬ったんだ。


木刀や竹刀で使う剣術とは違う生死を分ける真剣で……


仲間は次々と刀を抜きオイラと三厳に刀を向けて構えている。恐怖も何もない。ただオイラの心に何かが呼び覚まされた様に……


ただ衝動だけが走る……


1人がオイラに斬り付け様とした瞬間にオイラは自分でも信じられない神速で斬り付けると相手は血を吹き出し倒れ込む。


三厳もすでに斬り付けて相手の片腕が畳の上に転がり落ちる。


それを狼煙かの様に次々とオイラと三厳に小蜘蛛の様に群がるがことごとく斬る。何人も何人も血吹雪を舞い上がらせて赤く黒ずんだ血が……畳を染める。


斬るたび斬るたびに相手の呻き声に悲痛な叫びを聴くが……何にも感じられず確実に相手の息の根を止める。


斬れば斬るほどに返り血を浴びて刀の刃は血で塗られ顔からは血が滴り落ち両手は血で染められている。


それでも衝動は収まらない。まるで何かに……霊か妖にでも取り憑かれたかの様に血がたぎり、衝動に駆られる。


気が付けば……この場に立っていたのはオイラと三厳だけだった……それ以外は血の雨が降ったかの様な地面の血溜まりと……死体の山だけだった。


その後……オイラ達は御用となり牢屋にブチ込まれた。全てをなげうつ様に刀を捨てて無抵抗でお縄に着いた。


上役を斬り殺した挙げ句に今まで共にした仲間を何十人も殺しオイラ達は打ち首、御家断絶。良くても切腹だったはずだった……


オイラ達の目の前に現れたのは、あの圭史郎様。圭史郎様に裁きを言い渡されるなら本望。死に地獄に落ちる覚悟をした。


しかし圭史郎様に言い渡された裁きは武士に取ってはこの上のない屈辱だった。


『屋佐島十蔵、唐木三厳。此度は大義であった上役の不正を見事に正してくれた。よって此度は無罪を言い渡し褒美を遣わす。』


圭史郎様はそれだけ言うと、その場を去り三厳は何か叫んでいた。武士に取って死に場所を奪われたのは屈辱であり誇りを踏みにじられるのだから。


その後はオイラ達は無事に無罪放免で釈放された。そしてオイラ達は役所勤めを止めて武士である事を……


武士の魂である今は亡き父上から元服の刀を手放した。父上は『刀を振るうときは自分の魂を守るために振るえ。』それが口癖だった……


オイラはそれを破った。実家の母上に事情を説明しオイラ自分から屋佐島の名前を捨てて家の絶縁を申し込んだ。


母上はオイラの為だけに涙を流し泣きながら訴えた。


『十蔵。貴方や三厳がどんな罪人だろうと人殺しだろうと母は農民の無念を晴らした貴方達を誇りに思います。』


そう言い母はオイラを母方の祖父にオイラを預けた。祖父の家は骨接ぎをしていてオイラは祖父の弟子になった。


その間に三厳もオイラと同じように武士であることを捨てて刀も手放した。三厳は器用な性格を活かして万屋を立ち上げた。


そしてオイラは4年の間に祖父から骨接ぎの全ての技術を会得して今の平屋に骨接ぎ屋を立ち上げた。


それと同時にオイラは圭史郎様の恩を返す為に裏の職業も兼用して……刀を持つ事に躊躇はしたが父上の『自分の魂を守るために刀を振るえ。』が頭に過る。


オイラはあの時、農民達をどうしても助けたかった嘘偽りのない自分の心であり魂がそう思った。


しかし上役はそのオイラの魂を嘲笑うかの様に踏みにじられた。オイラはその魂を守るために上役を斬った。


そう圭史郎様に言われた時にオイラは再び刀を握り、自分の魂を守るために刀を振る事に覚悟を決めた。


そして腕の良い鍛冶屋の職人に仕込み杖の刀を一振り打ってもらい、外見は杖だが仕込み杖にしては頑丈で斬れる刀がオイラが今、持っている仕込み杖だ。


「あぁ…イケねぇイケねぇ。一服し過ぎたな。そろそろ戻ろうかな。」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る