第7話 地獄
実験室に入ると妙に猿たちが興奮しており騒がしかった。
ぎゃあぎゃあと叫んでいたり檻を掴んで揺らしていたり。
猿たちの様子も気になったが、俺たちはまっすぐ三番の檻の前に向かった。
檻の前に立つと、ぴたり、と他の猿たちが大人しくなった。
「……なんだ?」
「さ、さあ……それより主任。やっぱりルイスの姿がありません」
「どういうことだ。いったいどうやって……」
「とりあえず中を確認してみましょう」
佐藤さんは檻の電子ロックにIDカードをかざして扉を開いた。
「待て――――」
俺が止めようとした瞬間、入り口の真上から黒い影が落ちてきて佐藤さんの背中に張り付いた。
「きゃあ⁉ なに⁉」
「キキィー!」
「ふぐ……や、やめて……」
彼女の背に張り付いたのはルイス。
ルイスは佐藤さんの顎と額を掴んでねじ曲げようとしていた。
「や、やめろルイス……落ち着け……な? いい子だから……」
なるべく刺激しないようにゆっくりと近づくがルイスは「キイイイイイ!」と叫び足を止めた。
「しゅ、主任……助けて……」
「いいか佐藤さん……刺激するなゆっくり……ゆっくり檻から出るんだ……」
佐藤さんはよろよろと檻の外に出た。
するとルイスは顎を掴んでいた手を離し、俺のIDカードを指さした。
「よこせってのか?」
「ホウ! ホホウ!」
IDカードをルイスに渡すとこんど、俺と檻を交互に指さすルイス。
「まさか、入れってのかよ……?」
「キイイイ!」
「わ、わかったよ……わかったから……」
命令されるままに檻の中に入ると、ルイスは檻の扉を閉じた。
電子ロックが自動的に作動する。
「キャッ! キャッ!」
ルイスは頭上で両手を打ち鳴らし、嬉しそうに鳴いた。
「さあ、いうことを聞いたぞ……いい子だから、佐藤さんから降りるんだ……」
「キキー?」
ルイスは唇をすぼめて首を傾げながら佐藤さんの顔を撫でまわす。
「あっ、ああ……」
「な? いい子だから……いい子だからさ……」
「キキィッ!」
「おいおいおいおい、やめ――――!」
突如ルイスの顔が鬼のような剣幕に代わり、佐藤さんの額と顎を掴んで勢いよくねじ曲げた。
「はぐっ……! がっ……」
「佐藤さん! クソ! 佐藤さん、しっかりしろ! 佐藤さん!」
「キィィィィアアアアアアアアッホウ! ホホウ!」
檻の向こうで楽しそうに飛び跳ねるルイス。
彼の声に呼応するかのように猿たちも叫びだす。
「このクソ猿があああああああ! 開けろ! ここを開けろおおおお!」
鉄格子を掴んで揺さぶるもロックのかかった扉はびくともしない。
「ホッホウ!」
ルイスは凄まじい跳躍力で天上の換気ダクトにぶら下がると、ダクトのフレームをこじ開け体を滑り込ませた。
「待て! クソおおおおおお! 佐藤さん! 佐藤さん!」
いくら呼んでも佐藤さんは返事をしなかった。
口から血を流して、完全に事切れている。
「くっ……」
ともかく檻からでなければならない。
俺は鉄格子の隙間から必死に手を伸ばし、佐藤さんのIDカードを手繰り寄せた。
なんとか手に入れた直後、檻の前を一匹の猿が通り過ぎた。
「……は?」
見間違いかと思って目をこすると、次々と他の檻のロックが開錠される音が聞こえた。
猿たちが狂喜乱舞しながら次々と実験室を飛び出していく。
廊下から職員たちの悲鳴が聞こえた。
「あいつ……まさかオフィスのパソコンで⁉」
この部屋の換気ダクトはオフィスにもつながっている。けれど、まさかそこまでの知能があるなんて……。
檻の中で愕然としていると、けたたましい警報音が耳朶を打った。
「くっ、エマージェンシー・システムまで作動しやがった!」
俺は佐藤さんのIDカードを使って檻の外に出た。
「佐藤さん……ごめん」
佐藤さんの亡骸をそのままに廊下にでる。
外はすでに地獄絵図だった。猿たちが研究員に襲い掛かりすでに何人も倒れている。
猿たちは人間の武器、火災用の斧やゴム弾を発射するライフルまで器用に扱っている。
人並の知能を持ち、人よりも俊敏で、人よりも強靭な猿ども。
俺たちは、なにを生み出してしまったんだ……?
「畜生……!」
俺は拳を握りしめ、いままさに襲われている同僚を置いて逃げた。
「花梨……花梨!」
俺は、地獄の中をひた走る。
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