第5話 日記

 林の死後、俺は深夜のオフィスで本社に提出する報告書をまとめていた。


 自殺であることは間違いないが、その理由がいまいちわからない。そのせいでなにを書けばいいのか悩み続けていた。


「主任……これ」


 報告書を作るにあたって手伝ってくれていた佐藤さんが一冊のノートを俺のデスクに置いた。


「これは?」

「先輩の日記なんですけど……」

「……人の日記を読むのは気が引けるな」


 いくら死者とはいえ、な。


「ですが、少し気になることがあって……それで……」


 しゅん、とうなだれた彼女を見て、俺はしぶしぶノートを手に取った。


 最初のほうはごく普通の日記だった。


 仕事がつまらないだの、早く本島勤務に戻りたいだのといった愚痴ばかり。


 それと女性社員に対するセクハラじみた発言が大半だった。


 けれど日が進むにつれて内容に変化が見られた。


 具体的には彼が担当してた三番の猿、ルイスについての記述が増えていった。



『〇月×日

 今日はルイスにけん玉を与えてみた。手本を見せてやるとあの猿はすぐに使い方を覚えた。へ、なにが賢い猿だ。猿真似しかできない畜生の癖に。』


『△月△日

 ルイスがけん玉の紐を使って鼠を絞め殺しているのを発見した。どうも食事の残りをつかっておびき寄せたらしい。死骸の処理が面倒くさい。無駄な仕事を増やした罰としてスタンガンを食らわせてやったら奇声を発してのたうち回りがった。はは』


『△月▢日

 ルイスに殺されかけた。朝様子を見に行ったら姿が見えず、慌てて中に入ったらいきなり上から落ちてきてけん玉の紐で首を絞められた。なんとかスタンガンで引きはがすことができたとはいえ危なかった。ふざけやがって。何度も電気ショックを浴びせてやったら、あのエテ公泣き始めやがった。人間みたいで気色悪ぃ。当然けん玉は取り上げた。』


『△月〇日

 クソ、ルイスの一件を上に報告したのに処分されなかった。殺されかけたんだぞ? なのになぜ処分しない? 会社のために働く俺より賢い猿のほうが大事なのかよ。世の中狂ってやがる。』


『×月☆日

 最近ルイスの様子がおかしい。俺の姿をみるたびに自分で自分の首を絞めながら死んだふりをするようになった。この間の俺の真似か? ムカつく猿だ。』


『×月△日

 クソ、クソクソクソ。あの猿め。最近じゃ手首にスプーンを押し付けながら笑ってきやがる。挑発してんのか? ああクソ、ムカつく。』


『×月〇日

 ああ……ダメだ。なんでだ。畜生。なんで俺はこんな場所で猿の世話なんかしてるんだ。最近毎晩ルイスが夢に出てくる。奴は手首を切る。でも気が付くと……手首を切っているのはあいつじゃなくて俺なんだ……。俺は……死にたがってるのか?』

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