第二章 元凶

 ー瞼の向こう側で

        フラッシュのような光が当たるー


 ガヤガヤしている教室に違和感を覚えた。見慣れない部屋に、知らない人が何人か、


 おかしい、さっきまで小学校にいたのに何故か今近くにある中学にいる。


「やっと起きた。お前は寝すぎなんだよ。」


 聞き覚えのある声の主はほんの少しだけ大人びている守と、その横には記憶にない女がいた。


 何が起きている?

 なんでまた前の記憶がない?

 なぜ今中学にいるのか?


 考えていると、頭が痛くなってきた。まったく思い出せない。めんどくさくなった僕は、考えるのをやめ、目の前のことから片づけることにした。


「おまえは誰だっけ?」


 そう女に聞いた。


「何言ってんの。マジで頭ぶつけたの?カ・ス・ミだよ。五十嵐カスミ。」


 開かなかったドアが開くように、思い出した。小学校の頃、転校してきた子だ。根暗で、いつも1人、カスミの瞳には、人を信じないと言うような、そんなオーラが伝わっていた。


 そんなカスミを助けてあげたいと思い、守と2人で話しかけたのが始まるだった。話していくうちに、カスミの瞳には前のようなものは無くなっていた。その時は幸せと希望に満ちていたと思う。確か、守が好きとか言っていたような覚えもある。


「あと1時間だけだから、寝るんじゃねえぞ。」


 そう守とカスミに笑われるとその日最後の授業が始まった。


 だが、やはり何か変だ。フィルムで撮った映画のように流れるこの空間に違和感を感じていた。


 今の僕は本当に僕なのか?前にいる守とカスミは本当に本物か?何もかもが仮想現実のように思えたが、やはり偽りのない本物だった。


 今の僕はどう写っているのかわからない。耳鳴りと共に頭が痛くなった。かち割れそうな痛みだ。授業の進む声が聞こえるとそれらは治まった。

 中年教師は雑談を始めていた。


 「みんな夏目漱石の書いた『こころ』って知ってるか?読んでみろ、泣くぞ。」


 どっかの元プロレスラーの人みたく言いながら続けた。


 「自分の思いを伝えに行こうとするけどうまくいかない先生と、感情を表に出さないような先生の友達の好きな人が同じ人で、その駆け引きが面白いんだよ。あくまで俺の感想だけどな。」


 そんなこと話しているとチャイムが鳴った。


 「あーまたやっちゃったね。次は必ず進めます。」


 そう笑いながら教室を出ていった。

『こころ』かそんな三角関係は辛いんだろうな。その『センセイ』はどんな気持ちだったのかな?


 考えていた時に守とカスミが来て帰ろと言ってきた。帰り道、守は提案をしていた。


 「今日かすみんちで勉強会しない?もうそろそろテストだよね?」


 「いいね、私二次関数とか英語の比較とか全然分かんないもん。○○教えてよー。」


 「しょうがないな、しっかりとやれよ。」


 そう言うとカスミは遊びたそうな顔をしながら、うなずいた。


 分かれ道だ。カスミは右、守と僕は左へ曲がる。

 また後で会う約束をし別れた。



 少し経つと守は重い口を開けるようにボソっと言った。


 「今日カスミに告ってもいいかな?」


 、、、ハッ?何言ってるんだ?告る?それって告白のこと?なんで?おかしくないか?


 次々に疑問が浮かぶと同時に、怒りが込み上げてきた。、、、あーそうか僕もカスミが好きなんだ。だから今まで素直に守を応援できなかったんだ。そして、


 「ごめん、僕もカスミが好きなんだ。ずっと言ってなくてごめん。」


 守の顔を見ると真っ赤になっていた。これはガチでキレる前兆だった。


 「お前は知ってたよな。俺がカスミのこと好きって。お前は何も言わずに、ここまで来たじゃないか。俺を騙したかったんだろ。振られて悲しむ俺を見て笑いたかったのか?おかしいだろ。て言うか、お前は昔からそうだ、自分の気持ちを前に出さない。何考えてるかわからない。嫌いなんだよ、俺、

 そういうぐだぐだしたやつ。」


 守はまくしたてて話した。

 確かに僕は自分を曝け出さない。曝け出すというより、自分に興味がないんだ。自分より他人が幸せになればいい。そう思って過ごしてきた。それに加えて自分を知られたくなかったんだ。守にも、、、。


 しかし今回の守のことに関しては、許せなかった。僕は言った。


 「お前には悪いと思ってる。でも、、、でも僕は」


 守はさえぎるように小声で言った。


 「相談に乗ってくれたのも、嘘だったんだな。」


 「それは違う!本当に僕は、お前のことを思っ」


 急に、自分の頬に衝撃が来た。守が僕を殴ったんだ。すると今までの溜まっていたものが溢れ出すかのように僕も殴り返した。


 初めてこの2人で喧嘩をした。

 いつも、守を助けるために使っていた拳を守に使ってしまった。しかし止まらない。殴っているこの自分の手が言うことを聞かないんだ。気づいた時には守は横たわっていた。


 「ずっと、親友だと思っていたのに。」


 掠れた声で言う守を置いて僕は、その場から逃げた。もう辺りは暗くなり月が見える。目から出ている塩辛い水を照らしながら、どこまでも追いかけてくる。


 するとある古屋を見つけた。丘の上にひっそりとたたずむその古屋は、綺麗に海が見える。


 どうやら、ここは潰れてしまった雑貨屋だったらしい。ボロボロになった看板が転がっていたから、そう思った。海が一番綺麗に見えるところにはベンチが置いてあった。


 走り疲れた。目の当たりがずっと熱く、心の一部が何か欠けてしまっているようなそんな気持ちだった。


 通知音がして、見てみるとカスミだった。


 ー何があったの?約束の時間になっても来ないし、守はボロボロになって○○とは縁を切った、とか言ってるけど。それに、、、ー


 そうか、この喪失感は、守か。いつも一緒だったもんな、と思っていると耐えきれなくなった。


 僕はこれに恐れていたんだ。だから僕は自分の想いをさらけ出さなかったんだ。ポロポロと流れてくる何かを必死に止めようとしたけど、無理だった。大声で泣き喚いた。

 

 僕は、人が怖かったんだ。

 始まりあるものには終わりがあるのだから。

 人を信じられなかった。

 人は愚かで醜い生き物だから。

 自分が嫌いだった。

 存在する意味がないから。

 自分が嫌いだった。親友さえも幸せにできないのだから。


 少し気持ちが落ち着いた。

 それと同時だった。また睡魔が来た。あの時のような記憶がない状態で起きる前だ。

 そしてそっと目を閉じた。

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