失われた家族の記憶
帆尊歩
第1話 失われた家族の記憶
ふり向くとそこには、大量の缶が積み重なっていた。
この中は、ほぼ全て写真だ。
あたしが生きてきた証。
いえ、家族の記憶だ。
クッキーや、お土産でもらうカンをとっておいて、写真入れにしてしまった。
あまりに多くて、あるときから、アルバムに張る事もおっくうで止めてしまった。
でも、あるのは古い写真ばかり。
子供たちがまだ小さいころ、あの人がせっせと写真に収めていた。
最近の子供や孫の写真はほとんどここにはない。
ほとんど娘や息子のスマホにあり、紙の写真としてはないのだ。
「お母さん。こんな所に旅行に行って来たのよ」なんてスマホの画面を見せられても、なんかピントこない。
「この写真ちょうだい」なんて言おう物なら。
「じゃあ。転送するね」なんて言われて、何の事やらという感じ。
昨日、末の娘が結婚して、家を出て行った。
これでこの家にはあたし一人。
あの人が生きていれば、やっと夫婦二人の生活に戻ったね、なんて言い合っていたかもしれないけれど、あの人は五年前に早々と逝ってしまった。
家族6人のために身を粉にして働いたからかな、とも思う。
おかげで、子供たちはみんな巣立って、この家も残った。
でもあたしは一人になった。
あの人と結婚して、最初は小さなアパート。
最初は給料が安くて大変だった。
でも楽しかった。
あの人の仕事は忙しかったけど、たまの休みに二人で過ごすときは、近くの公園に二人で散歩に出かけた、何だかほんわかと暖かい思い出がある。
子供が出来て、目の回る忙しさ。
あの人は仕事があるから、夜泣きの時は、あたしが外に連れて行ってあやした。
だからあの頃のあたしはいつも寝不足だった。
でも子供の寝顔をみたら、そんな疲れは水に溶けるようになくなった。
二人目が出来ると手狭になって、もうすこし大きな所に引っ越した。
忙しさは倍増。
でも二人目の男の子も可愛く、この子たちのためならどんな事でも出来ると思った。
運動会、学校行事、PTAいろいろな物に顔を出して積極的に活動した。
あの人は写真が趣味だったから、やたら写真を撮った。
フイルム代と現像代で、破産するんじゃないかと思ったほど。
破産はしなかったけれどね。
三人目が生まれたとき、この家を建てた。
すごいローンを背負ったけれど、初めて自分の城を持ったようで、本当に嬉しかった。
あの人のお給料も段々上がって、生活も楽にはなって来たけれど、あたしもパートに出て働いた。
七五三。
お宮参り。
お正月。
節目、節目で、家族写真を写真館で撮った。
結局子供は四人、女、男、男、女、良いバランス。
でも大変、なんだかいつも大声を出していた感じ、賑やかで、あの頃はもう少し静かにと思ったけれど、楽しかった。
にぎやか、いえ、うるさくて、毎日戦争のよう。
食事の支度だって大変、ご飯だって、何合炊いたか。
掃除に、洗濯だって毎日どころじゃない。
毎日二回づつ洗濯機を回した。
長女が大きくなると、家事を手伝ってくれるようになったけれど、長男、次男は、大暴れ、
長女が弟二人を怒鳴りつけて。
大騒ぎ。
末娘を次男がいじめて大げんか。
そこに長女と長男が参戦して、大混乱。
であたしが大声で怒鳴る。
楽しかった。
楽しかった。
毎日が真夏、家中が熱く燃えていた。
長女が結婚。
連れて来た彼氏にあの人は仏頂面。
それなのに結婚式では、泣き出して、すごく恥ずかしかった。
長男は就職して出て行き。
そうこうしているうちにあの人が倒れた。
心筋梗塞。
あまりにあっけなくて、でも長女と長男が全てを仕切ってくれた。
あたしはただ泣き崩れていただけ。
次男があたしに寄り添い、末の娘が家事をしてくれた。
みんな立派に育ってくれた。
嬉しかった。
でも寂しくもあった。
もうあたしは必要ないのかなっと思うと寂しかった。
次男も出ていった。
そして次男も結婚。
この家は末の娘と二人きり。
そしてその末の娘も結婚して昨日、出て行った。
あの人がいなくなってからの子供たちの結婚式には、必ずあたしは、あの人の遺影を持って出席した。
写真の中のあの人は、もう泣いてはいなくて、嬉しそうに微笑んでいた。
そしてこの家は、あたし一人になった。
一人で台所に立っていると、2階から子供たちの喧嘩をする声が聞こえるよう。
今までは、あの人がお酒を飲んでプロ野球の試合を見ていると、うるさくて。
やれスイングがなっていないとか、戦略が甘いとか、しまいに立ち上がって、スイングを自分でやって、「この腰の振りだよりだよ」って誰にに聞かせているの。
大体あなたは何様よ。
と、いつだってあたしは、あきれ顔。
末の娘が、ただ今と言って帰って来て、ランドセルをほっぽり投げて、おやつと叫ぶ。
もうこの家からはそんな声は聞こえない。
だってあたしは、ここに一人なんですもの。
シーンと静まりかえった家には、失われた家族の記憶しかない。
夏は終わったのね。
もうすぐ冬を迎える。
あたしはきっとこう思うのよ
この冬の残暑は酷かった。
失われた家族の記憶 帆尊歩 @hosonayumu
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