地球のへそ
帆尊歩
第1話 地球のへそ
ふり向くとそこには奥さんとの写真が所、狭しと並んでいた。
イヤ厳密には奥さんじゃないんだっけ。
とは思ったが、あえて言ってみる。
「奥様とは本当にいろんな所に行かれたんですね」
「わざと聞いているだろう、妻じゃないよ」
「はあ」
「で、何が聞きたいんだっけ」
「あっ、毎月旅行のエッセイを連載していただいていますが、今回はプラス、奥様。あっいや」
「良いよ別に」
「今回は本当になんと言って良いか、、、でその出会いと、今回の単独の旅についての感想というか、まあ」
「知っているよ。旅行エッセーの大御所が、末期ガンの妻を一人旅に出させた。なんて冷たいんだ。という記事、君の所だよな」
「ですから。その責任というか、こんなに反響があるとは予想外で」
「そんな軽い気持ちで載せたのか」
「書いたのは、私じゃないですよ」
「そんな事聞いていないから」
「まあ。先生の言い分というか、言い訳というか、そもそもなぜご結婚されていないのか」
そこに変な間があった。
これは結構参っているのか。
それはそうか、20年連れ添ったパートナーが大病だ。
「それはあいつとは」
やっと大御所は重い口を開いた。
「フラットな関係だからさ。結婚と言う様式を整えれば、それは様々な恩恵を受けられるが、それは個々ではなくなる。僕らは独立した、旅人でいたかった。だから、法律だとか、様式とか言う物を排除して、個々の意志において、一緒にいることを選んだ」
「確かに書かれる記事は、大抵、別々の旅先だし、逆に一つの時はコラボって言っていますよね」
「そう、僕らは二十年前、中国で知りあった。僕は売り出し中の旅行作家で、敦煌の記事を書こうとしていた。あいつは北京に留学していた、退職OLで、学校の休みを利用して、中国内陸部を旅していた。何もない砂漠のモンゴルで出会った。それからさ」
「あっ。あの代表作、月の砂漠ですね。砂漠の月夜の表現最高でした。でもご病気の奥様、あっ」
「だから良いよ別に、妻で、みたいなもんだからさ。で何で一人で行かせたって事だろ」
「はい」
「僕らは、止まると死んじゃうんだよ、だからここだって、自宅じゃない。旅の途中の、宿泊施設だ。
あいつは、最後の旅をしたいと言ってきた。あいつと僕は同じなんだよ、逆の立場でも同じ事を言った。だから、許すとか許さないじゃなく、当然のことなんだ」
ここで、耳の痛いカウンターをぶつけることにした。
どんな反応をしめすか。
「ご夫婦じゃないから、他人だから、末期ガンのパートナーを送り出せたんじゃないか。なんて冷たいんだ、と言う意見もありますが」
「まあ、そう言う人間もいるだろうな、あいつも僕も、旅人なんだよ。
そして旅とは一人でする物だ。
たとえ隣にいても、行き先が一緒って言うだけで、並んでいるだけだ。
一緒に旅しているわけではない。
だからあいつも、僕も、独立した旅人なんだ。だからそれを止める権利はない」
「旅とは、人生であり、人生の旅とは孤独なもの。隣にいても、旅は個々の物、孤独なもの、だから、最後に旅に送り出した。とうことですか」
「なんか熱く語ったつもりなのに、えらくあっさりとまとめてくれたな」
「ありがとうございます」
「ほめてねーよ」
「すみません」
「まあ、そうは言っても、僕はあいつと人生という旅をしてこれて良かった。
旅したところは、あまり人のいないところばかりだったけれどね」
「そうですよね。ほとんど秘境という言われるところばかりで、中国、インド、南米、で、砂漠とか、原野とか、およそ人があまりいないところ」
「なんか君の言葉の節々に、トゲを感じるな」
「そうですか。ではどう言えば」
「だからさ。
個々の旅人同士のつながり最高。
旅は人生その物、素晴らしい。
人生は孤独な者同士の刹那の接触、感動的です。
みたになさ」
「そう言うの、期待していました?」
「イヤ別に。
とにかく、僕らの旅は夏その物だった。
それが今は残暑の状態になっている。
で、あいつはその残暑を一人旅しているんだ」
「いつ、帰って来るんですか」
「体が動かなくなる前には帰るって言っている」
「それはそうですよね。
で、今はどこにいるんですか、それくらいは分かるんですよね」
「今は、ウルルだ」
「ウルル・・。ああ。オーストラリア、エアーズロックですね」
「そんな身の蓋もない言い方。あそこは先住民の聖地、ウルルなんだから」
「ああ、すみません。そこで奥様は残暑を過ごしていると言うことですね。今は冬なのに」
「イヤ、オーストラリアは夏だから」
「あっいや、奥様の情熱の問題」
「ああ、そういうこと」
取材をして帰ろうとしてふっと見せる寂しげな表情、あんなに明るく話していたのに。
やはり、かなり参っているのだろうと思った。
それはそうだろう。あんな風に言っていたけれど、この大御所は、夫婦で一人のような物だ。
それは最後に聞こえるか聞こえないかくらいに口走った言葉だった。
「この冬の残暑は、酷かった」
地球のへそ 帆尊歩 @hosonayumu
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