田中妖七

きと

田中妖七

 高校を卒業して、大学も卒業した二十三歳の夏。新社会人として、忙しい日々を過ごしていた高橋健次郎たかはしけんじろうに恋人ができた。

 人生初の恋人だった。男ばかりの工業大学にいたときは、大抵の女子はほかの大学の男子と付き合っていたり、同じ大学の格好いい男子と恋人関係になっていたので、これといって特徴のない健次郎けんじろうかれる女子もいなかった。

 だが、社会人となり、女性と接点が多くなった。そんな折、同じ会社で同じく新入社員の事務員の女性から告白された。その時は、冷静沈着に告白を受け入れた演技をしたが、内心は今すぐに叫びだしたいほどに嬉しかった。

 何度かデートを重ねて3か月。次のデートは、健次郎の部屋に彼女が遊びに来ることとなった。変なものはない……はずだが、やはり汚れていては彼女を嫌な気持ちにさせるだろう。と、いうわけでお部屋デートの前日から健次郎は、掃除に精を出しているのである。床に置きっぱなしの漫画は本棚に。適当に山積みにしていた郵便物も整理する。そんなに時間がかかるものではないが、何か不測の事態があってはならない。健次郎は、石橋を叩いて渡る男だった。

 掃除を始めて1時間半ほどたったころだろう。健次郎の携帯電話が震えた。掃除の手を止めて、携帯電話を確認してみると、メッセージアプリに連絡が入っていた。相手は、高校時代からの友人である津田進一つだしんいち。入学初日、席も前と後ろだったことがきっかけで仲良くなり、ずっとクラスが同じだった。クラスだけでなく、出席番号がずっと隣という、ある種奇跡的な縁もある友人だ。

 しばらく連絡を取り合っていなかったが、何の用かとメッセージアプリを開く。そこには、短くこう書かれていた。

『今すぐ高校の卒業アルバム見られるか? 大急ぎで確認したいことがある』

「…………………………うん?」

 高校の卒業アルバム。それは、明日彼女が見たいと言っていたので、押し入れから引っ張り出したものだった。机を上に置いていた卒業アルバムを持ってベッドに移動する。アプリで卒業アルバムを用意したことを進一しんいちに伝えると、電話がかかってきた。

 こんなに慌てている進一を見るのは、はじめてだ。

 ――もしかして、高校時代の友人の誰かに何かあったのか……?

 緊張感が増す。つばを飲み込み、健次郎は進一の電話に出た。

「もしもし?」

「ああ、健次郎。早速話を進めていいか?」

 健次郎は、卒業アルバムに目線を落とす。そして、一息吐くと、進一に話をうながした。

「実は、同じクラスだった大塚おおつかが事故で亡くなってな……」

「そうか……」

 悪い予感が当たってしまった。大塚は、健次郎にとって進一ほどではないが、仲の良かったクラスメイトの一人である。おおらかで優しい人だった。

「ってことは、あれか? 葬式あるから連絡してきたのか? だったら――」

「いや、それもそうなんだが、もっとヤバいことが起きてるんだ。卒業アルバムの俺らのクラスのページを見てくれ」

 疑問が尽きないが、進一のことだ。こんな時に冗談を言うやつではない。健次郎は、言われた通りに自分たちのクラスのページを見る。懐かしい顔がたくさん並んでいるが、特におかしいところはない。

「見てみたけど、なんか変なところあるか?」

「いや、よく見ろって!」

 もう一度、注意深く指でなぞりながらクラスメイトの写真を確認していく。が、やはり進一が慌てるような、奇妙なことは何もない。

「なぁ、進一。やっぱり何もないぞ? それよりも大塚の話に戻ったほうが」

「だから! よく見ろって、健次郎! 俺とお前の間!」

 健次郎と進一の間。そこには、何もないはずだ。高校最後のクラスでも、出席番号が隣だったのだから。少しうんざりしながら、進一の言う通り写真を再び見る。

 よく見てみると、健次郎と進一の間にもう一枚写真が貼ってあった。

 田中妖七たなかようしち。眼鏡を掛けて、おかっぱ頭の少年が確かに健次郎と進一の間に写真で並んでいる。

 ――ああ、そうか、田中のことすっかり忘れてた。悪いことしたな。

 田中を見落としていたことを進一は言いたかったのだろう。

「ああ、田中がいたな。見落としてたよ。でも、それがどうしたんだよ?」

「何言ってんだよ! 思い出せって!」

 

「田中妖七なんてやつ、俺らのクラスにいなかっただろ!」

 

 思考が止まった。

 そうだ。健次郎と進一のクラスに田中妖七なんて人間はいない。

 それから健次郎と進一は、連絡が取れる全ての高校の同級生に連絡を取った。

 だが、みんな、健次郎と同じように、田中妖七の違和感に言われるまで気づかなかった。

 いないはずのクラスメイト、田中妖七。

 なんで、写真にしっかりと写っている?

 なぜ、この人間の存在をみんな当たり前のように受け入れた?

 どうして、違和感に気づけなかった?

 この男は、いったい誰なんだ?

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田中妖七 きと @kito72

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