第23話 最終話 新しく生まれた自分を抱きしめて

 裕星が病室のドアを開けると、中には既に美羽がおり、眠っている洋子の傍に静かに座っていた。裕星に気付くと、すぐ椅子から立り、

「裕くん、さっきまで洋子さんとお喋りしてたのよ。まだ筆談だけど。実は、さっき、洋子さんの昔の話を聞いていたの。


 裕くんに早く伝えたくて待ってたのよ! あの時のタイムスリップで私が洋子さんの付き人をしていた時の事、覚えていたみたい。


 あの時の付き人が私だと分かったわけじゃないと思うけど。

 洋子さんの付き人とお父様の付き人がいてくれたお蔭で二人は結婚できたって言ったわ。すごく私達の事が印象に残っていたのね。

 でも、そんなことってあるのかしら? 元々私たちが行かなくても婚約されるはずでしょ?

 私達にしたら、ついこの間のことだけど、洋子さんにとっては24年近くも前の思い出になってるはずだから、よく覚えていてくださったなって思って。

 でも、なぜか最後に私に謝っていたわ。私を追い詰めてしまってごめんなさいって。急にどうしたのかしらね?」



「そうか、あの時のことを覚えていてくれたんだな。当然、俺たちだとは分からないだろうけど、でも、それで良い影響があったなら本当に良かったな。

 俺も消えずにこうやってここにいられる幸せを感じてる。俺も今日は美羽に報告があるんだ。さっき母親の日記を読んだ」


「ええ? そんなことして大丈夫?」


「まあまあ……でも、その中に書かれた昔の日記に、俺が生まれてからも親父と仲良く暮らしていたことが分かったんだ。どうして別れることになったのかもな」



「どうしてだったの?」


「お互いの事を思って離れたんだよ」


「そんな……」


「母親が、ヨーロッパに永住が決まった親父に付いて行かなかったのは、自分の仕事のせいもあったんだ。それで、自分のせいで親父が大事な仕事を断ったりしないように、親父の仕事の邪魔したくない一心で別れたみたいだな。


 同じように、親父も母親に仕事を辞めてまで付いて来て欲しいと言うのは可哀そうだと思っていたみたいなんだよ。お互いがお互いを想っていたせいで別れることになったなんて、なんとも皮肉なことだよな」



「そうだったの……。でも、本当に二人の愛が最後まであったことで、きっと洋子さんもお父さまの事を思い出すとき嫌な思いはなくなるわね」


「ああ、それだけでも本当に俺たちが危険な思いをしてタイムスリップした甲斐かいがあったな」


「私もそう思うわ」

 二人は笑顔で互いの顔を見つめあった。







 ***病院前***



 あれから数日が経ち、洋子の退院の日が来た。


 洋子は自分の脚で歩けるまでに体力を回復していた。そして、少しの時間なら小さい声で話すことも可能になっていた。


「お大事に!」

 担当医師と大勢の看護師に囲まれながら、病院の正面玄関まで見送られ、たくさん花束を抱えて洋子が出てきた。


 ベンツを正面玄関に回して車から降りてきた裕星が、洋子の手を引いて助手席のドアを開けた。

 洋子は振り返って医師たちに深々と頭を下げ「ありがとう」と小さなかすれた声で礼を言うと、裕星は洋子が助手席に座るのを手伝ってドアを静かに閉めた。

 裕星は、医師たちに挨拶を済ませ、ようやくマンションに向けて車を走らせたのだった。



 洋子は車の中で、裕星の方を向いて何か言いたげにしている。


「お母さん、何か言いたいの?」

 裕星が洋子の方をちらりとみて言うと、「ゆう、ありがと」とゆっくり声を出した。


「――声がだいぶ出るようになったんだね? 良かった。これからゆっくり養生ようじょうすれば、もっと話せるようになるよ」と裕星が嬉しそうに笑った。


 すると、洋子は優しそうな笑みを浮かべて、また裕星の方に向いてゆっくりと言葉を発した。


「私、若い頃……貴方にそっくりな人に恋をしそうになった。でも……あれは、あの人は、裕星、貴方なんでしょ?」


「えっ!」

 裕星は洋子の言葉に驚いて思わず急ブレーキを掛けた。慌てて路肩ろかたに止めると、冷や汗を拭い洋子の顔をまじまじと見た。


「ホホ……冗談よ。そんなこと……あるわけない、わ。とても似てた、の。貴方は私の……自慢の息子……私の大切な人よ」


 裕星はほっとすると、黙って車を発進させた。


 洋子が続けた。

「あの子……どうしてる? 美羽みう、さん」


「ああ、美羽ならこの間も病室に見舞いに来ていたよ。お母さんと話したと言っていたけど、覚えてる?」


「ええ。美羽さん、ホントに……いい子ね。貴方とお似合い……純粋で一途……結子ゆいこさんに似てたわ」


「ああ、彼女は母親似かもな」


「大事に……してあげてね。もう、あの子……悲しませたり……しないで」


 裕星は洋子の顔を見た。洋子はゆっくり息を吐いた。

「裕星……貴方は……ちゃんと……伝えてる? 自分の気持ち……」

 何か思い出したように目を閉じた。


「大丈夫。俺が彼女をちゃんと守っているから。それに、俺はいつでも彼女に気持ちを伝えているよ。お母さん、でもどうして彼女に謝っていたの? 美羽が心配していたよ」



「……美羽さん……昔会った子に……似てた。あのときのあの子……あの子が美羽さんだった気がして、私、つい……」




 裕星は一瞬ドキリとしたが、気付かぬふりで答えた。


「――お母さん。今では俺もお母さんと家族として仲良くやって行きたいと思ってるよ。

 美羽はいずれ俺の家族になると思うから、お母さんの病院にも付き合ってもらったんだ。彼女は本当にいい子だよ」と、照れて鼻の下を擦った。




「裕星、本当に……生まれてくれて……ありがと……」


 裕星がチラリと横目で見た母は、少し背中を曲げてまぶたを抑え涙ぐんでいたようだった。

 裕星は、母親の少し年老いた姿を愛おしく思いながら、たった一人の、一時は憎んでいたこともあった家族を許すことの出来た自分自身に小さな誇りを感じていた。

 ──少しは大人になったんだな、俺も。


 愛する人が出来たとき、誰かを許せる自分が生まれる。

 裕星は見るもの全てに愛を感じられる自分に驚いていた。それは、裕星の心の中で欠けそうになった部分を満たしてくれる、笑顔の天使、美羽がいるからだ。




 黒いベンツは、見事に紅葉した木々の、色とりどりの葉が舞い落ちる公園通りをすべり抜けて、燦々さんさんり注ぐ小春日和こはるびよりの温かい光を浴びながら、幸せに満ちた表情の母子を乗せて走り抜けて行ったのだった。







 運命のツインレイシリーズPart6『家族の絆と生と死編』終

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運命のツインレイシリーズPart6『家族の絆と生と死編』 星の‪りの @lino-hoshi

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