第6話

 一日をテンバ山で過ごし、自宅に帰り着くころにはとっぷりと日が暮れていた。

 あのあと、山ガールさんのお孫さん、トウコちゃんは無事目標の経験値を獲得して戻ってきた。

「おばあちゃま、やったよ!」

 高々と掲げたスマホに映るのは、


【(特)№105:最高級土鍋・萬古ばんこ焼き】三重県四日市市。


 頭についている(特)マークは、地域限定特産品の印だ。陶芸体験に参加したときに手に入れたそうで、その額なんと5000ポイント。歩数にして5000歩分。最高級の名は伊達じゃない。

 この土鍋はそのまま猫ベッドとして使えるが、実験器具にもなる。

 グッズの中には経験値を使ってレベルを上げることができるものがある。レベルが上がるほど『高品質』になり、性能が高くなるだけでなく、より猫たちに好まれる品になる。

 ただし、レベルを上げるために使った経験値は消費され、なくなってしまうので注意が必要だ。

 トウコちゃんはためらいもなく経験値をつぎ込み、この上なく高品質な土鍋が誕生した。

 この鍋で何ができるのか、とオレが質問すると、真剣な面持ちで画面を覗き込み、

「えーっとね。こーおんこーあつほうで、こうせきをせいせいすることができます」

 たどたどしい口調で説明書きを読み上げてくれた。

 うん、なるほど。高温高圧法。土鍋が進化して圧力土鍋になったわけだ。

 それでどんな鉱石が作れるのかと重ねて尋ねると、少女は頬を輝かせ、ぴょんぴょんと跳ね回った。

「なんと、ダイヤモンドができるのです!」


 わあい、やったやったー。

 すごいぞパチパチ。


 と、その場は盛り上がったのだが、

「あれ?」

 トオコちゃんはダイヤモンドを作ることはできなかった。経験値を上げるため分子猫を作りまくった結果、炭素猫を全部使い切ってしまったのだのだった。

 それに気づくと、トウコちゃんはショックのあまり地面に崩れ落ちた。

「がーん」

 そんな擬態語を口にする小学生を、オレは初めて見た。


* * *


「――まあ、いろいろあったけど」

 ツナ豆腐丼をかきこみながら、エーちゃんに話しかける。

「今日は楽しかったな」

 丼を持つ手がぷるぷるする。足だけでなく全身がだるい。きっと明日はひどい筋肉痛に見舞われるだろう。

 しかし、体は重いが心は軽やか。かなりハイになっているのが自分でも分かる。

「……はい」

「ん?」

 気のせいだろうか。エーちゃんの反応が鈍い。

 小さな液晶画面に映る銀猫が、しょんぼりとうなだれているように見える。

「どうした。何かあったのか?」

「ナナトにご報告があります」

「なんだ、改まって」

「獲得元素猫が10種類に達しました」

 10種類?

 水素猫、酸素猫、炭素猫、窒素猫、ケイ素猫、鉄猫。

 オレは指を折って数えた。

 トウコちゃんに付き合って山頂を走り回ったときに、ヤギのそばでカルシウム猫をゲット。上がらない足を励まして帰る途中にナトリウム猫をゲットした。

 合計9種類のはず。

「あ、エーちゃんも数に入るのか」

 そこに銀猫のエーちゃんを加えると10種類になる。

「はい。ですから、パートナーを他の猫に変えることができます」

 あからさまに音声が小さくなった。なんだこの設定は。

 おずおずと上目遣いにこちらを窺うエーちゃん。こんな不安に満ちた猫を見て、パートナーを変えることのできる人間がいるものなのか。しかも哀愁漂うBGMまで流れて――ああ『蛍の光』だ、これ。

 まあ、どんな小細工をされようと関係ないんだけどな。

 オレはせわしなくスマホ画面をタップして、例のものにたどり着いた。

「エーちゃん」

「はい」

 ちんまりと首をかしげる元素猫をスマホ画面の左下に表示。こっそり購入しておいたあれを銀猫に向けてスワイプした。

「受け取ってくれ。オレの気持ちだ」

 小さな鈴のついた、ワインカラーの首輪。

 エーちゃんの耳がピンとこちらに向けられる。目がまん丸になった。

「ありがとう、ナナト。エーちゃんはとっても嬉しいです!」

「これからもよろしくな、相棒」

「らじゃー」

 ふにゃあ、と目を細めて猫が鳴く。

 

 オレたちの冒険はまだ始まったばかり――。


「あ、ナナト。エーちゃんは自分の家がほしいです」

 ……オレの歩け歩け運動は続く。

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超合体☆元素猫! 楓屋ナギ @kaedeyanagi

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