第六十五話 陰

「そろそろ目的地だな」


 迷路のような建物内を右へ左と曲がっていき、下へ下へと降りていった。

 幸いあのトンボ以降は特に危険もなく、ただ歩いていくだけだった。

 偶然出会わなかったのか、それともすでにここにはいないのか。

 いや、それはないか。

 入口から出てきていないと言っていたからな。

 とにかく、五つの部屋の前を通ったが、二体と戦うだけで済んだのは幸運だったな。


「所長室……ここだ」


 雰囲気が違う、やや小さめな部屋に入る。

 大事なものは、いつだってお偉いさんのところにある。

 この部屋の金庫に目的のものは入っている。

 ……もっとも、誰かが持ち出してもうない可能性もあるが。


「あった、これだ」


 ずっしりと、人気のない部屋の奥に佇んでいる金庫。


「……って、これ……!」


 金庫に近づくと、なにかが足に当たった。

 暗くてよく見えなかったが、足元にはキレイなスーツを着たおじさんが倒れていた。

 体が真っ二つに斬られて死んでいる。

 この人がこの研究所のトップだったのかな。

 そんなことは、今どうでもいい。


「真くん、この扉斬ってくれない?」


「わかりました」


 一振りすると、重い扉が落ちる。

 暗証番号なんか知る由もないからね。

 どんなに頑丈でも、なんでも斬れる刀なら関係ない。

 悪用は厳禁だよ。


「うん……これだね」


 金庫の中には、「極秘」というスタンプが押されている数枚の書類が入っていた。

 他には札束も入っていたけど……荷物になるからいいや。

 目的のものでもないし。


「さぁ、帰ろうか」


 持ってきたカバンに書類を入れ、振り返……れない。


「……?」


 動けない。

 おかしいな。

 体が全く動かないぞ。

 金縛りか?


「そこの少年少女よ」


 地の底から湧き出るような低い声が、耳元で聞こえた。


「だ、誰だ!」


「この男を人質に取った。下手なまねをすると……殺すぞ」


 この男って……僕のことか?


「う、ウソですわ! あなたの姿は見えませんわよ!」


 有栖が見えないのなら、誰もいないのでは……?


「ほう……。それじゃあ、こいつを殺してみるか」


「いっ……つっ!」


 首筋が傷んだ。

 首が動かないので目だけを下に向けると、胸に血が滴っている。

 返り血ではない、今流れた血だ。


「や、やめろ!! わかったから、鈴木を傷つけるな!」


「ふっ……。愛されているな、鈴木よ」


「おまえは……いったい何者なんだ……!」


 しばしの静寂。

 ゆっくりと語りだす。


「我が名は『ファントム』。姿を持たぬ陰に生きる者」


 ファントム……!?


「なにが目的なんですか!」


「今回は挨拶をしに来た」


「あい……さつ?」


「同胞を屠りし、悪魔どもにな」


「……」


 同胞?

 なんのことだ。

 僕達が、いつ彼の仲間をいつ殺したっていうんだ。


「終焉の時は近い。せいぜい震えて眠るがいい」


「しゅ、終焉の……ぐはっ!」


――――――――――


「鈴木さん! 鈴木さん!!」


「う、うぅ……」


 目を開けるが、視界が回る。

 ぼんやりしている。


「起きましたの!?」


「あぁ……?」


「ほら、蟹食えよ!」


「いや、まだいい……」


 寝てたのか。

 そうだ、頭を殴られて気絶してたんだ。


「……帰ろうか」


 立ち上がる。

 まだ痛いな、首が。


「もうちょい……休んでけよ」


「ありがとう。でも、そうもいかないだろ? 早くここから出よう」


「あう〜……」


 またみんなに心配かけちゃったな。

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