第六十四話 囮

「あっ!!!」


 いいものがあるじゃないか!!

 それは、太一くんが背負っているリュックから飛び出していた。


「太一くん、それを貸してくれ」


「これ?」


「そうそれ!」


「……でも、絶対返してね?」


 ああ。

 今すぐには無理でも、いつか返す。

 なにしろ、余りはたくさんあるからね。


「よっし!」


 実は太一くん、さっき戦った蟹のはさみを持ってきていたんだ。

 本人は食べるのが目的だったんだろうが、僕もなにかに使えるかもと思ってなにも言わなかったが、さっそく使えるときが来たな。


「鈴木さんっ! 僕、うるさくてどうにかなりそうです!」


 耳が敏感じゃない僕もそう思う。


「私もまだ見えませんわ!」


 僕も依然として見えないよ。


「臭いもぐちゃぐちゃに混ざってて、だめだなこりゃ!」


 臭いなんかはなからしないな。


 だから、こうするんだ!


「いいかい、オーくん?」


「うう~?」


「このはさみを僕が高く掲げる。すると、あのトンボは食いつくはずだ。そこを叩いてくれ!」


「あう!!」


 よし、打ち合わせ終了。

 あとは、実行だ。


「それじゃあ……えい!!」


 はさみを天井にぶつかるくらいに、高く掲げる。

 そして、ぐるぐる回してみる。

 くいつけくいつけ~。

 美味しい高級蟹のとれたてだぞ〜。


 羽音は近づいたり、遠ざかったり。

 いまいち距離感がつかめない。


「っ……!?!?」


 背中に悪寒が走る。

 一際強烈な奴だ。

 僕は慌てて首をひっこめる。

 しかし、どうにも間に合わなさそうな気がするぞ。

 そう、今僕は死を悟った。

 仮に全力で避けても、確実に死が訪れる。


 ……このままだったらね。


「あーーーー!!!!」


 頭上でオーくんの叫び声が聞こえた。

 それと同時に、鈍い打撃音。


「あううあ!!」


 背後に重いものが落ちてきた。

 見ると、それは巨大なトンボだった。


「……やった、な」


 今度はフラグじゃないぞ。

 姿が見えているってことは、殺したってことだからな。

 それにしても、危なかったな。

 ぶっちゃけ殴るのが一瞬でも遅れていたら殺されていただろう。

 このトンボの狙いは、蟹じゃなくて僕に向いていたらしい。


「……」


 少しだけ、僕のこの能力についてもわかって来たぞ。

 おそらく、この能力は万能じゃない。

 回避できないときは、できない。

 あくまで最善を尽くして避けるだけで、それでも死ぬときは死ぬようだ。

 さっきは、オーくんのおかげでなんとかなったが、僕だけなら死んでた。

 事実死を覚悟したし。


「鈴木さん!!! 危険なことはやらないでください!!」


「そうですわ!!」


「てめぇがいなくなったら、おしまいなんだよ!!」


「誰がごちそう用意するの!!!」


「あはは、ごめん……」


 本気で怒られちゃったな……。

 これからは能力に頼りすぎず、慎重に行動しなきゃ。


「先……行こうか」

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