第六十二話 硬い

「こちらが入り口です」


 建物なんかちっとも見えないと思ったら、山の断崖絶壁を削り出した巨大な洞窟が開いていた。

 洞窟と聞くと、この前の廃坑を思い浮かべるが、あれの比にならないくらいしっかりとした建物が中に埋め込まれている。

 言われずともわかる、これが研究所だ。


「キーーーン……」


 中からは、鳴き声が微かに聞こえてくる。

 動物園みたいに。

 まあ、事実中は動物園だ。

 ……檻のない。


「これ、どうぞ。中にいるであろう怪物について、わかる限りの情報をまとめました」


 何枚かの書類を手渡される。


「ありがとうございます」


「では、ご武運を!」


 こうして僕達は、魔境に足を踏み入れた。


――――――――――


「みんな、離れるなよ……」


 中は洞窟特有のひんやりとした空気。

 そして、とにかく生臭い。

 いや、臭いはあまり感じないが、それでもむせかえるほどの血の匂いが漂っているのを感じる。


「……」


 床は真っ赤なみずたまりでぐちゃぐちゃで滑りやすいし、天井からも血の雫が滴ってきている。


「臭いな……」


 留美子が呟いた。


「なにか……臭うか?」


「なにかもなにも、怪物の臭いしかしねぇんだが、特に……」


「どうした?」


「どっかで聞いたことある臭いがする……」


「え?」


 まさか知り合いがいるなんてことはないだろう。


「磯の香りだ」


「……??」


 ますますわからん。

 ここは山だぞ?


「こ、これは!!」


 太一くんまで反応しだした。


「どうした太一くん!」


「オーくんと取り合いになったやつだ!!」


「なんじゃそら?」


 オーくんととりあいに……?

 ご飯の話してる?


「シュルルルル」


 なんだこれ?

 聞いたことのない音が。


「……っ!」


 ズドンッ!!


 反射的に後ろに飛び退く。

 その瞬間、目の前に重いものが落ちてきた。

 硬い床に穴ができる。


「こ、これは……?」


「はさみですわ! 蟹の!」


 巨大はさみか!

 あまりにデカいので、斬るだけでなく叩き潰すこともできるみたいだ。

 危うく僕はぺちゃんこになるところだった。


「ほら、やっぱり!!」


 なーるほどな。

 たしかに蟹はあの島にもいたな。

 それに近いから、留美子や太一くんはわかったんだな。

 だが、今回の奴は規格外のデカさだぞ。


「あううう!!!」


「ん? オーくんも知ってるのか?」


 そりゃあ、同じ島にいたからかな?


「で、どうすん……」


「しゃがんで!!」


「……っ!」


 はっきりとは見えないが、はさみをしゃがんで避けた。

 頭上をブォンと空気を切り裂きながらはさみが通過する。

 有栖が注意してくれなかったら、まともにくらっていただろう。 


「とりあえず、ええい!!!」


 真くんが向かってくるはさみに刀を向ける。

 当然なんでも斬れる刀なので、向こうからやって来て刀に触れたはさみは床に落ちた。


「よ、よしっ!! これでなんとか……」


「再生してますわ!!」


「は!?」


 信じられないことに斬り落としたはさみは瞬時に再生した。

 そんなの想定外だ。

 たしかに蟹のはさみは再生するらしい。

 だが、こんなに早くなんて化け物染みてるぞ。

 いや、化け物なんだがな!!


「あの、これじゃあ何回斬っても……」


 無駄だ。

 防御にはなるが、決め手にはならない。


「どうしたら……」


 僕が悩んでいると、太一くんが叫ぶ。


「鈴木! あいつは頭が弱点だぞ!!」


「本当か!?」


「うん!! 食ったからもう知ってるぜ!!」


 冗談に聞こえるが、彼の味覚から得た情報は十分信用できる。


「それなら話が早い、真く……」


「僕ははさみをどうにかするので精いっぱいです!!」


 さっきから、振り回されるはさみを何本も斬り落としている。

 おかげでそこら中にはさみがゴロゴロ転がっているのだが。

 真くんが無理なら。


「じゃあ、太一くん!!」


「了解だー!!」


 勢いよく飛び出していった彼。


「太一さん、そこでジャンプですわ!!」


「おう!!」


 見事空に跳びはさみをかわした彼は、その拳を頭に叩き込んだ。


「やったか!?」


 蟹はバランスを崩してよろめく。

 しかし。


「割れてませんわ!!!」


 なんて殻だ。

 馬鹿みたいに硬いじゃないか!

 太一くんの馬鹿力でも壊れないなんて!

 これじゃあ、オーくんと力を合わせても無理そうだな……。


「弱ったな……」


 もう僕達で倒せる力を持った者は……。


「おいおい、あたしを忘れてないか?」


「留美子?」


 いつもの釘バットを手のひらでポンポンさせている。


「でも君は、そのバットじゃ……」


 到底殻は破れないだろう。


「へっ。舐められたもんだな」


「……?」


「見てな。この生まれ変わった留美子スペシャルを」


「留美子……スペシャル?」


 それってもしかしてそのバットのことか?


「有栖! 正確な場所を教えてくれ!」


 突然走りだした留美子。


「ええ! 前方2メートル先でジャンプして、正面に突き出してくださいませ!!」


「了解だ!」


 地面を蹴り、蟹の正面に出る。

 先程太一くんが拳を叩き込んだ場所を狙っている。


「必・殺!!!」


 留美子が力強く叫ぶと、釘バットの先端から銀色に輝くドリルが飛び出した。

 それを思いっきり、蟹の額(?)に突き立てる。


「ルミコ・エターナルドリルーー!!」


 ズガガガガガ!!!


 猛烈な勢いで硬いものが削れる音が響く。

 先端から激しく火花が散る。

 留美子は全体重をかけて、バットを深く深く突き刺していく。

 やがて蟹は、ピクピクと痙攣して、倒れた。


「うっし。まずは一匹だな」


 ドリルを引き抜いた彼女は、笑顔で微笑んだ。

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