第五十四話 貢献

 開いた扉の前に仁王立ちしていたのは、真っ赤なドレスを着た若い女性だった。

 片手には扇子を持っている。


「まあまあ、そう固くならないで」


 ツカツカと歩み寄ってきた彼女は、ドカッとソファに座り、ジェスチャーで僕にも座るように促した。

 ……そもそも僕は勢いに圧されて座ったままだったのだが。


「まずはお茶でも飲みましょう。セバスチャンー!」


 彼女が手を叩くと、先程の運転手さんがお茶会セットみたいなものを持ってきて、僕の分まで淹れてくれた。

 それを、おしとやかに嗜むドレスの女性。


「……」


 理解が追いつかない。

 なぜ僕は今、紅茶を飲むことに?

 この人が「X」?

 あれだけの組織を仕切っている幹部が?

 まだ僕より何歳か年上に見えるだけの女性?


「人は見かけによらないのよ」


「……」


 一息ついた彼女は、語りだす。


「この私「X」ことクスちゃんは、若きにして天才! ありあまる財力! 燃える使命!」


「……??」


「なにか聞きたいことはありますか?」


 ある。

 ありまくる。

 なにから訊こう。


「僕は……ここでなにを?」


 とりあえず業務内容だけでも。


「簡単ですわ。私の奴隷……もとい助手として働くのよ」


「……」


 今不穏な単語が聞こえたんだが。

 僕が一瞬戸惑った間に、再び相手のターンが始まる。


「ミスター・鈴木」


「はい」


「あなたのことはなんでも知っているわ」


 なんでも……。


「すごいじゃない。「不可視の獣」研究だけでも成果を出しているのに、先日は研究所に眠る「終焉の魔神」まで撃破するなんて。その若さでその才能! 私の次に天才だわ!」


「あ、いや、それは違います……」


「あら、なにが違うの? 私には遠く及ばないと遠慮しているのね?」


「……」


 それも違うんだけどな……。

 否定したのはそこじゃない。

 けど、訂正するのもめんどうだ。

 押し切ろう。


「それは全て、僕ではなく彼らの活躍です」


 僕がそう告げた瞬間、「X」の緑色の瞳が少し見開かれた。


「彼らというのは、あなたが出会った五人の少年少女のことね?」


「はい。彼らなしでは、僕はこんなにがんばれなかったので……」


 いったい何度助けられたことか。


「ふふ、謙虚さも持ち合わせているなんて、ますますあなたのことが気に入ったわ」


「……」


 謙虚……か。

 たしかに、そう……なのか?


「けれど、あなたの意見は残念ながら認められないわ」


「え?」


「私は、あなたもがんばっていると思っていますから」


 僕も?


「それは……なぜ、ですか?」


「そもそも、あなたの担当である「不可視の獣」の研究は行き詰まっていました。いくら怪物を捉え、研究をしたところで、世界にはまだ多くの怪物がはびこっている。私達にはなにか決定的な対抗策を生み出す必要があった」


「……」


「そこに現れたのが、あなた。あなたは、まさに機関が求めていた、対抗できうる力を持った五人を見つけ出したんです。素晴らしい貢献ですわ」


「しかし、それとて偶然で……」


「運も実力のうちですよ。それに、あなたには運以外の力もあります」


「そう……ですか?」


 自分ではさっぱりわからない。


「具体的には、リーダーシップです。あなたにはまとめる力があるのです」


「……」


 まとめる力……。


「歳こそ近けれど、あの少年少女はなにもかもバラバラでした。性格、考え方、能力……。まあ、元来がんらい人とはそういうものです。むしろ、お互いに分かり合える人間同士のほうが珍しい」


「……」


「特に、彼らは健常者ではありません。それぞれ特殊な事情を抱え、触れられたくない過去やコンプレックスも人一倍あるはずです」


 それは、僕も間近で感じていた。

 だから、彼らからはいろんなことを聞いてきた。

 研究には使わないかもしれないが、なによりも個人的に、僕が彼らとわかりあいたかったから。


「あなたは、そんな五人を見事まとめ、戦い抜いた。その証拠が、先日の事件です」


「……」


「これは左遷ではありません。栄転です。私の元に来れたことを誇りなさい」

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