八章 「嗅げない彼が感じるもの」

第五十三話 異動

「向こうでも……がんばれよ」


「はい……」


 研究所の玄関で、僕は先輩と向かいあう。


「俺はな、短い間だったがお前は誇れる部下だと思ってるよ」


「先輩……」


「いつかまた、会えるといいな」


「……」


 そんな、今生の別れじゃないんだから……。


「さよならだ!」


 先輩はそれだけ言って、僕に背を向けて帰っていった。

 僕にはわかる。

 先輩は泣いてるんだ。

 こんな冴えない部下との別れも惜しんでくれてる。

 なんていい先輩だったんだ。


「鈴木様、こちらへ」


「あ、はい……」


 僕は運転手さんに促されて、迎えに来ていた車に乗り込んだ。

 見るからに高級車って感じのきれいな黒塗りの車で、中にはふかふかのソファがある。

 いったいなんでこんな車で来たのだろうか。


「改めて、確認をします」


 車が走り出したのと同時に、静かに運転手さんが話し始めた。


「あなたは、これから研究機関の幹部「X」様の下へと送られます」


 幹部「X」……。

 どんな人か、見当もつかない。


「理由はご存じですよね?」


「はい……。先日施設内で戦闘を行い、多大な損害をもたらしたからです」


 始末書もまだ書き終わっていないとき、この命令が下った。

 僕は、異動になったんだ。

 正直、あれだけのことをしておいてクビにならなかっただけでも幸運か。


「その通りです。これからあなたは、「X」様の許可が出るまであの方の下を離れることはできません」


 ということは、当分……あるいは永久に前の職場には戻れないらしいな。

 ……彼らとも、お別れだ。

 お別れの言葉はいろいろ考えてたけど、結局何も言えずに出てきちゃった。

 先輩が説明してくれるはずだけど、納得してくれるかな。


「聞いてますか?」


「あ、はい!」


「「X」様の指示は絶対です。間違っても逆らおうとはお思いにならないように」


「……」


――――――――――


「こちらでしばらくお待ちください」


 着いたのは、大きな豪邸だった。

 いや、豪邸というかお城だ。

 ここはヨーロッパなんじゃないかと思うほどの、洋風のお城。

 どでかい門を通り、きらびやかな応接室に連れてこられた。

 真っ赤なじゅうたん、天井には派手なシャンデリア。

 壁にかかっている絵画は、どこか見覚えのある有名な絵だ。

 いったい「X」とは何者なんだ。

 こんなお城に住んでいるからには、金持ちのはずだ。

 性格の悪い人だったら、嫌だなぁ。


「はーーーーい♡ あなたが噂の問題児、ミスター・鈴木ね?」


「……はい?」


 荘厳な扉が弾けた。

 勢いよく開けられた。

 そして、出てきたのは……。

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