五章 「味わえない彼女が感じるもの」

第三十話 バット

「えーと、ハンバーガー。ハンバーガー……」


 この道をもう少し行った先の角を曲がると、今大人気のハンバーガーショップがあるはずだ。

 頑張る皆に差し入れでもたまには持っていこうと思い、買いに来た。


「あそこか」


 看板が見えた。

 さて、何を買おうかな。

 手に持っていたチラシを広げる。


「わっ!」


 考え事をしていた僕は、つい通行人にぶつかってしまう。


「す、すみません!」


「ちっ! 気をつけろよ!」


 舌打ちをして悪態をついたのは、僕よりも若い高校生くらいの女の子だった。

 有栖と近そうだ。

 だが、その髪はピンクに染められており、鋭い目つきで僕を睨んでいる。


「……」


 気まずくなった僕は、そそくさとその場を去ろうとする。

 すると、彼女は僕が持っていたチラシを奪い取る。


「こんなもの食ってたら体に悪いぜ」


 そう言いながら、ビリビリに破いてしまった。

 そして、そのまま何事もなかったかのようにどこかへ去っていく。


「なんなんだ……彼女?」


――――――――――


 彼女と再び出会ったのは、あれから数日後だ。

 僕は仕事の息抜きに近くの公園へ散歩に来ていた。


 が、しかし。


「妙だな……」


 やけに静かで、人影がない。

 たまにはそんな日もあるだろう。


 嫌な予感がした。

 第六感ともいえるだろう。

 とにかく、危険な雰囲気を感じた。


「……」


 ここは馴染みの公園。

 怪物の生息情報もない。

 いや、正確にはなかっただ。


「……いるな」


 これだけ彼らと共に戦っていると、わかるような気がした。

 だが、僕には戦う力がない。

 つまり、絶体絶命だ。

 ……いったい何度目だろうか。


「このドーナツで、許してくれないかな」


 僕は、虚空に向かってドーナツを投げた。

 すると、見事に消滅した。

 そして、次は僕だ。


「……」


 みんな、今までありがとう。

 以前にもこんな遺言を残した気がす……。


「おじさーーーん、死にたいの?」


「え?」


 一見呑気だが、はっきりと感情の籠った声が聞こえた。

 振り向くと、先日のピンク髪の怖い女子が釘バットを肩に担いで近づいてきているじゃないか。


「あ、君! 危ないからここから逃げて!!」


 一般人まで巻き込まれてしまう。

 せめてそれは避けなければ。

 だが、彼女は全く動じずに言いのける。


「あたしの縄張りに入ったのはあんた達でしょ? 全員まとめてぶちのめすから」


「そ、それはごめん! ……って、あれ?」


 あんた「達」?

 ここには僕しかいないんだが。

 それとも、まさか……。


「おらぁ!」


 彼女は長いスカートを翻し、勢いよくバットを振る。

 その瞬間、怪物の脳みそがぶちまけられた。


「う、うわぁ……」


 さながらホラー映画の殺人鬼のように、片っ端から化け物を叩き潰していく彼女を、僕はただ呆然と見つめることしかできなかった。

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