第二十五話 心配

「お忙しい中、すみません」


「いえいえ、いいのよ」


 さっそく孤児院に来た僕は、院長であるおばあさんと話し始めた。


「今日は、以前までここにいたという桜田くんについてなのですが」


「あら、あなた桜田くんのお知り合い?」


「えーと……」


 知り合い……でいいのかな?

 

「ふふふ、難しく考えなくていいのよ。どうしてここに来たのか、教えてくれる?」


「あ、はい……」


 見かねて話を変えてくれた。

 それにしても、どうしてか……。


「彼の……力になりたいからです」


 これはあながち間違っていない。

 彼がどんな人間なのかを知れば、手助けもしやすくなるし。


「そう、力に……。あなた、悪い人じゃなさそうね」


「……」


「訊きたいことがあって来たのでしょう? 言ってごらんなさい」


「まず、彼がここに来た経緯を教えてください」


 院長さんは、お茶を一口飲んだ。

 それから、目をつぶって語りだす。


「そうねぇ。あれは涼しい秋の夜だったかしら。玄関でなにか、物音がしたの。それで、不思議に思った私が行くと、赤ちゃんの彼がベビーカーに入れられたまま置き去りにされていたの」


「……」


「名前を書いた紙だけあったわ。だから、あの名前は唯一彼が親からもらったものなの」


「なるほど……」


 孤児院で育てられたと聞いたときから思っていたが、予想通り捨て子だったんだな……。


「では……次に行きますね。彼が気になることを言っていたのですが」


「なんですか?」


「感覚がないと」


「あぁ……そうよね」


「心当たりが?」


「彼は、珍しい病気を持っているみたいで、ものを触ってもなにも感じないらしいの」


 やはり、触覚がないのか。


「私はすごく大変だろうと思って、最初は気を遣ってたんだけど……。あの子は病気の素振りなんか見せずに、すごく元気にふるまっていて」


「……」


「私、あの子に気づかされたの。特別扱いする必要はないんだって」


「……わかります」


「え?」


「僕も、知り合いに少し普通とは違う人がいますが、彼らは彼らなりに自分らしく過ごしていて、僕達が気を遣うのは失礼だなとつい最近気づきました」


 僕がそう言うと、おばあさんは目を細めてうなずいた。


「あなたは若いのに立派ねぇ」


「あはは……そんな……」


「それで、桜田ちゃんはどうしてるの? 元気にしてる?」


「はい、とても」


 昨日なんか危うく拘束具を引きちぎられるところだった。


「よかったわぁ。あの子、いきなり「旅に出る!」なんて言い残して飛び出して行っちゃうんだもの」


「……」


「とっても心配だったけれど、桜田ちゃんがすごく強い子なのは私が一番知っていたから、いつかまた会えると信じていたの」


「それじゃあ……彼のところに連れていきましょうか?」


「ううん、いいの。彼がまた、戻ってきたいと思ったときに、いつでも迎えられるように私はここで待っているから」


「わかりました……」


 おばあさんの笑顔はとても暖かくて、しかしどこか寂しそうにも見えた。

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