二章 「聞こえない彼女が感じるもの」

第七話 新たな出会い

「さて、今日はここにするか」


 真くんが戦闘訓練をしている間。

 僕は町に出ていた。

 目的はもちろん、調査のためだ。

 彼には嫌われるかもしれないが、やはり人助けよりも観察の方が今は大事だ。


「どこかに奴らは……」


「キー、キー!」


「おや」


 ヘッドホンに反応があった。

 近くにいるようだ。

 僕はそのわずかな声を頼りに歩き回った。


「キーン!」


 音は段々と大きくなっていく。

 この辺が発信源だろうか。

 僕はゴーグルをかけた。

 予想が正しければ、目視できる範囲にいるはずなんだ……が。


「……」


 まずい。

 やってしまった。

 近づきすぎたようだ。

 あたりには数匹のデカいトカゲが僕を睨んでいた。

 いつの間にか囲まれていたんだ。

 それに、今僕は一人じゃないか。

 これじゃあ、格好の的だ。


 どうする?


「キー!」


 しゃがむ!

 とっさに体が動いた。

 なんとなく、とびかかってくる気がしたから。

 偶然にも僕の予想はあたり、僕の背後から飛んで来たらしい一匹が木にぶつかった。

 しかし、依然形勢不利。


「まいったな……」


 どこにも抜け出す隙はない。

 そもそもここは町外れの林の中だ。

 仮にこの包囲網を突破しても、人通りのあるところに着く前にいずれ殺されてしまう。


「真くん、僕がいなくなっても……わっ!」


 諦めかけた僕の最後の言葉は、突如草むらから現れた謎の人物によって遮られた。

 そいつは僕の腕を取って走り出した。


「キーン!」


 奴らも、獲物が取られて怒っているようだ。

 後ろから追ってくる。


「おっと!」


 不思議なことに、ものすごく変な風に逃げている。

 なんていうか、真っすぐは走らない。

 僕を右へ左へ連れまわすんだ。

 でも、それでよかった。

 だって、僕達が曲がったところの少し先から、あいつらが飛び出してくるから。

 奇跡的に避けれているんだ。

 もしかして、この人は研究所の関係者なのかな。

 しかし、前方で揺れる黒い長髪は、もちろん真くんではないし、それにゴーグルも着けていない。

 じゃあ、なんでまるで見えているかのように避けれているんだ?

 一般人のはずなのに……。


「まさか……」


 僕が一つの結論にたどり着いたとき、光が差し込んだ。

 小さな林を抜けて、商店街に出たのだ。

 多くの人が行き交っている。


「キーン……」


 怪物共は、悔しそうに木々の隙間からこちらを睨み、去っていった。

 これで一安心だ。


「ねぇ、君」


 握っていた手を離した彼女(推定)に僕は話しかけた。

 しかし、僕の声が届かなかったようで、スタスタとどこかに歩いていく。


「あ、ちょっと!」


 初対面の女性に触れるのは嫌がられるだろうかとも思ったが、ここで別れるわけにはいかなかった。

 あの怪物が見えるのなら、放っておけないし、なによりお礼ぐらいはさせてほしい。

 というわけで、トンと肩を叩いた。


「……」


 振り返った彼女は、きれいな顔をしていた。

 髪と同じく黒い瞳で、お嬢様のように整った顔立ちだ。


「さっきは、ありがとう」


「……」


 返事はない。

 そればかりか、目の前でスマホをいじり始めた。

 僕は嫌われたのだろうか。

 凹みかけていると、彼女がスマホの画面を僕に突き付けた。

 そこには、こう書かれている。 


「どういたしまして」


 これが返事か。

 どうやらすごく口下手な子らしい。

 でも、嫌われてはなさそうだな。

 どのみち、一度研究所に来てもらいたい。


「あの、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」


 僕が話している途中で、彼女はまたスマホになにかを打っている。


「ん……」


 また見せられる。


「私、耳が聞こえないので、もっとゆっくりしゃべってくださいませ」


「あ……!」


 そういうことだったのか。

 だから、スマホに打っていたのか。

 気づかなくて申し訳ない。

 ということで、僕は自分のスマホにこう入力して見せる。


「さっきの怪物についていろいろ訊きたいことがあるから、ちょっとついてきてくれるかな?」


 彼女は一瞬目を閉じて、コクリと頷いた。

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