第四話 苦悩

 次の日。

 再び彼の部屋を訪れる。


「真くん。結論から言うと、君の耳は超音波を聞くことができるらしい」


「超音波……ですか?」


「そう。例えば、クジラやイルカは超音波を使って会話していることを知っているかな?」


「はい、前にテレビで聴きました」


「それなら話が早い。あの怪物どもも超音波で会話してるんじゃないかって、思ってるんだ」


「なるほど」


「それで、今日は調査のために町に出てみようと思う」


「調査……ですか?」


「うん。あの捕まっているやつ一匹じゃ会話なんてできないだろうしさ、町に出て野生のあいつらの声が聞ければと思って」


 真くんはそれを聞き、少し動揺した。


「で、でも。あいつら、案外勘が鋭いから近づくと逃げられますよ」


「大丈夫、今回はデータ集めだ。捕まえに行くんじゃないよ。それに、もし襲われたら大変だから、近づくのはこっちから願い下げだね」


「……危なくないですか?」


「大丈夫、護衛も付けるさ」


 なにせ君は、この研究の鍵なんだから。


――――――――――


 僕と真くんは、いたって普通の格好で町を歩く。

 傍から見たら、兄弟に見えるかも。


「そういえば、僕の両親はどうしてるんですか? 僕がいなくなって、心配しているかも」


「ご安心を。君には有名高校にスカウトされて、寮に入っていることにしといたから」


「そ、そうなんですね」


「わかる、わかるよ。不安だよね。でも、これも研究のためだから。世界を救うための」


 心苦しいが、仕方ない。


「もし、世界が平和になったら真くんはなにがしたいかな?」


「僕ですか? え~と……」


 勉強かな?

 それとも、働いたりするのかな?

 気になるところだが、答えは聞けなかった。

 なぜなら、彼がこう言ったから。


「あ……! 聞こえます、ちょっとだけ」


「わかった。それじゃあ、どこから聞こえるかはわかる?」


「そっちです!」


 彼が指さしたのは、公園だ。

 平日の昼間なので、人はそこそこいる。

 こんなところにいるのか?


――――――――――


「どうかな?」


 公園の中を慎重に歩いていく。


「こっちです、もう少し先……」


 僕はリュックから録音用の小型マイクを出して、音源に近づいていく。


「あ、あそこです!」


 少年は足を止めた。

 彼は10メートルほど先のベンチに座っているサラリーマンを指す。

 彼はどうやら昼食を食べているらしい。


「あそこに誰かいますよね? その人を狙っています」


「なるほど……」


 僕は首にかけていたゴーグルをかけた。

 すると、怪物の姿が映し出された。

 そいつは、蛇のようなやつで、ベンチの下でとぐろを巻いていた。


「あいつらは、孤立している人を狙うんです。だから、あの人もこのままでは……」


 と、そのときだ。

 サラリーマンがから揚げを落としてしまった。

 がっくりしている。

 直後に蛇が動き、地面に落ちたから揚げを飲み込む。


「ああやって、こっそりと人間の食べ物を盗んだりもするんです」


「へ~……」


 人間以外も食うのか。

 これも新たな発見だな。


「うっ! あいつ、なにか話しています!」


 なんだ。

 なにをやろうとしているんだ。

 僕たちはしばらく木の影から様子を見守る。

 (どうでもいいけど、これ傍から見ると不審者だよね)


「おや、動いたぞ?」


 蛇は、にょろにょろとサラリーマンを離れ、公園の隅の公衆トイレに向かって行く。


「真くん、行こうか」


「はい」


 こっそりと、悟られないように距離を開けて追う。

 そして、トイレに着く。

 こんなところに飯なんかありそうにもないんだが……。


「あっ……仲間が来ましたよ」


 とは言われるが、ゴーグルをかけてもなにも……。


「来たな……」


 草むらから出てきたのは、狼のようなやつだ。

 そいつは、蛇と合流して、しばし見つめ合う。


「うううっ!!!」


「だ、大丈夫かい!?」


 真くんが頭を抱えた。

 かなり耳障りな声を出しているらしい。


「あいつ、ものすごく大きな遠吠えを……!」


 なにかの合図なのだろうか。

 例えば、狩りの合図的な。


「あっ!」


 二匹が突然動いた。

 どこに向かうかと思ったら、トイレの入り口……から出てきている女性に。


「きゃあーーーー!!」


 二匹に食いつかれる。

 もちろん助かるすべはない。


「あのっ、助けないと!」


 身を乗り出す真くん。

 僕は彼を制す。


「待った! あれはもう手遅れだ。ここでじっとしていよう」


「で、でも! 僕達正義の味方でしょ!?」


「それはそうだが……。まだ敵の正体もつかめていない。分析が先だよ」


「殺されそうな人を見殺しにするんですか!? そんな、あんまりです!!」


「おや?」


 真くんをなだめながら、観察を続けていた僕は異変に気付いた。

 やつら、こちらを見ているぞ……。

 あまりに大声を出したから気づかれたか。


「鈴木さん!? 僕の話を……あっ!」


 あいつらは、一言残して草むらの中に消えていった。

 女性は……確認するまでもないか。


「間に合わなかったじゃないですか……」


「なにごとにも犠牲はつきものだ。犠牲なくして、発展はしないんだよ」


「……」


 さすがに少年にこれは刺激が強すぎたな。

 僕はひとまず、先輩に電話をして遺体を回収してもらう。

 殺人事件として通報されたらまずいからね。

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