INTER MISSION02:彼女の衝動、彼の代償(3)



(……脊髄と脳にメスを入れられたにしては、案外気分も悪くならないんだな)



 ディサイドはたった一人の操縦席で、そんなどうでもいいことを思う。


 実際のところ、手術はそう大掛かりなものでもなかった。ほんの少しばかり大脳の一部にネットワークと無線接続可能な生体回路をナノマシンによって整形するだけ。


 輸血どころか、流れた血をぬぐう必要すらなかった。



(ただ、頭の中に新しい感覚があるのを感じる……)



 漠然と、ネットワークに接続されている実感。


 これまでは感じることが出来なかった、この火星ほしに広がる情報通信量の密度の差。あえて今の自分が理解できる言葉に訳すのなら気配というのが最も近いのかもしれない。



(意識すれば、本来視覚から得られるデータも。参照出来るけれど)



 目をつぶっても脳裏に必要なが確保されている感覚、一種の全能感に近くそれでいて指先から自分の輪郭が消えていくような恐怖も感じる。



(……ああ、これが生体接続手術で失われるものって奴だ)



 莫大なデータを前に、自分がこれまでの人生で積み上げてきた判断基準が無意味になる感覚。圧倒的に積み重なった先人の知恵によって主観クオリアが上書きされる。いや――



「より、大きなものに取り込まれるってことか」



 声よりも早く、光よりも確かに脳内に直接届けられる情報の渦は。ディサイドという小さな意識を火星のネットワークに意図せず従属させるだけの力がある。



「……リミッターをセット、五感に対するフィードバックは必要時のみ起動」



 ディサイド自身が理解できる範囲で、常時接続していたら危険だと思う感覚をフィルタリングして接続を切り離し。自分と他人を分けるラインを、AMを操縦しながら確定していく。



「……まぁ、このくらいにしておこう」



 もう少し、フィルタリングすべき項目はある気がするが。モニターの中で閉鎖循環式都市クローズドシティスフィアゲッカ・シュラークのドームも見えた。



(それに、全部の感覚を遮断してしまえば手術した意味も無くなるし)



 そんなことを思いつつ、いつも通りのオートメーション化されたガイドビーコンに沿って機体を着陸させようとした瞬間。小さな違和感を感じる。



(……これは、ノイズ。じゃない?)



 ユニティ公式の通信規格として不要な、本来ならAM側の管制システムがフィルタリングするような無意味なデータ。データ形式を確認すればそれは繰り返される音声データだった。



『よう■そ、ゲッカ・シュラークへ。歓迎■■す、登録傭兵マーセナリーズ0874』



 あのゲッカ・シュラークを名乗る樹脂レジン単眼モノの老人とは違う。不鮮明で、ぼんやりとした声未満な音の並び。



(ああ、これが ——記領幽霊ストレージゴーストって奴か)



 意識はしていなかったが、いるはずのもの。


 ゲッカ・シュラークがただ一人となる前にいたはずの住人たち。ボディもなく、番号ナンバーもなく、主観クオリアもない。


 この街の記憶領域ストレージにこびりついたかつて人間だったものの残滓。



(そういうものに、アイリスをしたくはないから……)



 いつも通りの着陸準備完了のシグナルに、少しだけ感謝を込めて。ずっと同じままのゲッカ・シュラークに、どうしても変わってしまった感覚に包まれながら。


 ディサイドは足を踏み入れる。



◇◇◇



 閉鎖循環式都市クローズドシティスフィアの内部は、文字通りのゴーストタウンと化していた。



「あ■、登録傭兵マーセナリーズの兄ち■■――」


「い■■、また来てくれたんだ■ぇ。いつ■■りがとう」



 老若男女、いや比率としては少女の姿が多いか。現実のゲッカ・シュラークと物理的な座標と同じ位置に展開する記憶領域ストレージに刻まれた記領幽霊ストレージゴースト達。


 ギリギリ読み取れなくもない、反射的な思考の残響。



「……これは、なんというか」



 精神をヤスリで削られているような気分になる。


 けれど、目をそらすのも違うと感じる。ネットワークへのフィルタリングをかければ目に映らなくなる。文字通りの意味でノイズに過ぎないが。


 それでも、この街を作り上げたのは彼らであることは300%間違いがない。


 ただ、歩く。歩く。歩いてアイリスの部屋に向かう。


 影、影、影、もういない誰かが残した人波をかき分けて進んで――



「……この街を、どう思う?」



 聞き覚えのある声が問いかけて、視線を向ければ見覚えのない青年が立っていた。



「分からない、俺はいま目の前で広がっている街で生きていないから」



 そうだは全部残影に過ぎない。人が生きていた後、化石とか、遺跡とか。そういったものとなにも変わらない。だからそれに感想を求められてもディサイドに返せるものは何もない。



「けれど――」



 チャンネルを切り替えるように、ネットワーク上のに対するフィルタリングを1段上げる。ただそれだけでディサイドの脳裏に広がる光景から、ネットワーク上のものがすべて消え去って。


 ただのっぺりとした樹脂顔レジンフェイスで、単眼モノアイの老人が立っていた。



「それでも、ブロッサムと、アイリス。そして」



 目の前に立つ人の、赤く揺れる単眼モノアイと視線を合わせて。



ゲッカ・シュラークあんたと過ごした日々は100%価値がある日々だった」



 この街の幻影をディサイドは否定することも、肯定することも出来ない。


 けれどもう終わって動かないものよりも、今を進んでいるものを見つめたい。



「そう…… か」



 ゲッカ・シュラークの単眼モノアイに、様々な感情が奔るのが見える。


 生体接続手術を行う前には見えなかったもの、ネットワークに接続された知性が生み出す言語にならない揺らぎや気配。


 おそらくは、この街に残された記領幽霊ストレージゴーストの持つ思考の残滓。


 それらを束ねてまとめて、一つの人格として成り立つだけの主観クオリアとしてまとめたものが彼という存在なのだろう。



「わるい、残念だけど今すぐにでもアイリスのところに行きたい」


「ああ、行ってくれ。としてもそれを望んでいる」



 ゆらりと握られたマニュピレーターに、軽く拳を合わせて。ディサイドはこの街の最奥を目指す。


 おそらくまだアイリスの主観クオリアは崩壊していない。


 けれど、それが揺らぐ時間が長ければ長いほど。主観クオリアが受けるダメージは大きくなる。


 いや、そんな仰々しいことを考えなくとも。アイリスが苦しんでいるという事実を少しでも早くどうにかしたい。


 そんな当たり前の思いを胸に、ディサイドは彼女の部屋に繋がる扉に踏み込んだ。



◇◇◇Commencing Analysis of the Program……◇◇◇

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カスタマイズド・マーセナリーズ ハムカツ @akaibuta

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