だから僕は成人式に行くのを辞めた

 二十年も前の話となって恐縮だが、僕は「成人式に出席していないサイド」の人間である。最近、ネット上で「成人式に出たかどうか」が、その人間が陰か陽かを見極めるリトマス試験紙みたいに使われている局面を目にするが、僕の時代、体感では「成人式に行かないなんて選択肢があるの?」くらいの感覚だった。というか、成人式に行っていないと言うと、「ああ、自治体の主催する式典は面倒だからサボって、友人達と集まってたんだね」みたいな解釈をされることがあって、僕にそんな「健常」ムーブが出来るわけないだろ、と悲しいツッコミを余儀なくされるのが常であった。僕は、自治体の主催する式典に参加しなかったのみならず、その後に「地元のツレ」で開催されるであろう同窓会めいたものにも一切参加していない。

 僕が成人式に行かなかった理由は大きく三つある。

 一つ目は、成人式で暴れ回る「やべえ新成人」が毎年ニュースで報道されており、僕の地元がそんなに荒れているという話があったわけではないものの、そういった輩が存在するリスクがある場所には絶対に近づきたくないと考えたからである。南の方の某県では、同じような理由で参加を辞めた若者も少なくないのではないだろうか。

 二つ目は、二十歳くらいの僕が人生で一番「拗らせていた」時期であり、「普通の人間が普通に行うこと」の全てに迎合したくないと思っていた節があり、少数派になることに生き甲斐を感じていたためである。「二十歳になったからなんだというのか。例えば、十九歳三六四日目の人間が二十歳ちょうどになった瞬間に代謝機能が上がるわけでもないのに、一律に飲酒が許されるようになるのは理に適ってない。同じように、ただ二十年生きたというだけで成人というのも何ら本質的なことでない。それを祝う行事の意味が分からない」くらいの「拗らせ意見」は持っていたと思う。2022年に、成人年齢が十八歳に引き下げられたことで、成人の「本質的でなさ」についてはさらに可視化されたように思うので、当時の僕みたいに拗らせ過ぎた若者はきっと今もいるに違いない。

 三つ目は、僕には「地元のツレ」が一人もいないということである。転勤族であったため、僕には地元らしい地元がない。父が家を建てたことで、小学校五年生の三学期に千葉県の某市に移り住んだのだが、その後、都内の中高一貫校に進学したため、実家の周囲の同級生とは、小学校卒業までの一年三か月くらいの付き合いしかなく、二十歳時点で親しい友人関係が続いている者などいなかった。知り合い程度の人間なら大勢いたが、コミュ障が最も苦手とするのは、そういう「半知り」と呼ばれる絶妙な距離感の人間とのコミュニケーションである。そんな場に行こうと思えるわけはない。

 こうして、僕は迷うことなく成人式のボイコットを決めた。


 ただ、万が一、成人式に参加しようかどうか迷っているという人間がいたら、僕は迷わず、「行っておけ」と伝えるだろう。過去の僕のように、行きたいと微塵も思っていないのなら、別に行かなくて良い。迷いがあるなら、絶対に行ったほうが良い。若さは金で買えない。成人式に参加し直すことは誰にも出来ない。ゲームでいう、「取り返しのつかない要素」に近い。行って後悔することになっても、自虐風の笑い話にでもすれば良いのであって、行かずに得られることなど何もない。卑屈さと捻くれた自意識くらいだ。


 僕自身、成人式には行かなかったが、「おばあちゃんに送りたいから」という母のたってのお願いに負けて、成人の日にはスーツを着て玄関先で写真を撮った(これから式典に出かけます、という偽装である)。なお、そのスーツも、二十歳になった記念に人生で初めて誂えたものであり、冠婚葬祭や就職活動で世話になることになった。どれだけ拗らせていたからといって、二十歳を迎えたことの価値、変化に無自覚ではいられなかったという話ではある。

 誰しも、独りで二十年生きてきたわけでないはずだ。節目を祝う儀式は、実のところ個人のためだけにあるのでない。そういうことにも気付く必要がある年齢だ。


 2023年の成人の日には、法的な新成人である十八歳を対象とするのでなく「二十歳の集い」のようなイベントを開催した自治体が多かったようだ。それはそうだ。2022年まで二十歳を祝い続け、2023年からいきなり十八歳を祝い始めたら、2002年度と2003年度に生まれた世代は祝われる機会を逸してしまう。二十歳と新成人を両方祝うようなイベントを二度くらい実施してギャップを埋め、いずれは十八歳が集まる会が本線になるのだろうか。しかし、十八歳は高校三年生の世代なので、二十歳に比べて進路の振れ幅が小さく、例えば、地方の大学に進学した人と久しぶりに再会した、みたいなエピソードも起こりにくいし、式典の後に集まって合法的に酒を飲むことも出来ない。何より、大学入学共通テスト直前の追い込み時期でもあって、はしゃいでいる場合ではない。一体、どうするつもりなのだろうか。


 まあ、何はともあれ、新成人の皆さんや二十歳の皆さんはおめでとうございます。そして、その成長を支えた関係者の皆さんも、お疲れ様でした。

 二度目の成人式を迎えるほど生きてだいぶ丸くなった僕は、全く無関係な場所から無責任な立場で、皆さんが良い人生を歩まれることを勝手に祈ることにします。

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