だから僕はスポーツチャンバラを辞めた

 スポーツチャンバラというスポーツをご存じだろうか? 自由な服装で簡易な面だけをつけ、エアーソフト剣という、空気の入った柔らかい武器で戦い合う謎の競技である。小太刀護身道という物々しい別名もあるが、護身術として役に立つ気はしない。僕は大学時代(お笑いサークルと掛け持ちで)、スポーツチャンバラのサークルに入っていた。競技を始めた理由は単純で、面白そうだったからだ。マイナー嗜好の行き着く果て、ということになるだろう。

 スポーツチャンバラは、全身のどこかをそれらしい強さで叩けば一本となるのだが、チャンバラという言葉の印象とは大きく異なり、半身をとって構えた二者がじりじりと間合いをはかりながら睨み合い、ヒットアンドアウェイで一撃入れようとフェイントを交えながら牽制しあうような構図になる。長得物を使う比較的メジャーな武道である剣道を経験していると、それだけでアドバンテージとなって無双できる局面もあるのだが、メン、ドウ、コテ、ツキ以外に存在する「アシ」という有効部位に対応できずに翻弄される、というのが「スポーツチャンバラあるある」だった。

 スポーツチャンバラに用いるエアーソフト剣には、想像以上のバリエーションがある。メーカーがいっぱいある、という意味ではない。武器種が多彩なのだ。基本は、「小太刀」という60センチくらいの短いものなのだが、竹刀と同じくらいの長さの「長剣」、小太刀より短い「短刀」、2メートルくらいの柄のついた「槍」、両側にエアーソフト部位がある「棒」や「じょう」、さらには「三節棍」や「ヌンチャク」、「トンファー」まである(流石に、三節棍以降の武器はマイナー過ぎて僕も見たことがない)。また、得物を持つのと反対の腕全体を覆う「盾」という防具も存在し、盾への攻撃は有効とならないルールであり、防御が可能となることで戦術の幅が広がる。使える武器の種類は、開催される試合の種目で決まっており、例えば、「小太刀の部」は小太刀しか許されないし、「長剣フリーの部」は長剣しか許されない。さらに「長剣両手もろての部」になると、長剣を剣道のように両手使いすることしか許されない。長剣と小太刀を一本ずつ使う「二刀の部」、盾の使用が解禁される「盾小太刀の部」「盾長剣の部」、武器の有効打突がツキしかない代わりに投げや蹴りなどを繰り出すことも許される「短刀の部」、あらゆる武器の使用が解禁される「得物自由の部」、一対一でなく参加者全員のバトルロイヤル方式となる「合戦の部」など、他の武道では考えられないほどの多彩さとなっており、大会によって開催される種目が異なることも多い。得物自由の部では、皆が、「ぼくのかんがえたさいきょうの武器」で参戦する訳だが、リーチの長さで圧倒する槍か、攻防のバランスが良く小回りも効く盾小太刀が決勝に残るケースが多かった。

 また、実は、片手で武器を持って戦うタイプの種目では、盾がなくても、試合中、一度だけ相手の斬撃を利き手でない方の腕で受けることが許されている。これを「かばい手」というのだが、かばい手で片腕を犠牲にしながら有効打突をとって逆転すると、非常に格好良い(かばい手をしても決めきれなければ、以降は片腕を失った体で、腕を背中にくっつけながら戦うことを強いられる)。僕の知り合いに、盾小太刀の部で、重くて邪魔だという理由であえて自ら盾を捨て、小太刀のみで戦いに挑んだ者がいたが、盾の使用を放棄した場合、かばい手のルールも使えない旨の事前注意を受けていた。ただでさえマイナーな競技において、訳の分からない例外的なシチュエーションを作られて、審判の方も良い迷惑だったに違いない。

 僕は運動全般が得意でないが、関東学生大会の短刀の部で準優勝したことがある。別に短刀という武器が得意だったというわけでもない。学生の大会なので、本来は解禁される蹴りや投げも禁止であり、短い武器でちくちく突くしか有効打がない謎の競技と化していたそれにおいて、僕は、本来の構えである右脚を前にした半身の切り方でなく、拳闘のように左脚を前にした構えをとったのだが、それだけで決勝まで行けた。なお、裏で別の種目が開催中だったこともあり、関東中の大学生を集めたその大会における短刀の部の参加者はわずか8名であり、僕はヌルッと2回勝っただけに過ぎない。競技人口の少なさが、僕に数少ないスポーツでの成功体験を与えてくれたという訳である。余談だが、僕の入ったサークルの部長は、競技歴1年未満で長剣フリーの部の世界チャンピオンになった猛者だった。長年、竹刀を片手で素振りするという特殊なトレーニングで体を鍛えていたらしく、その膂力は羽のように軽いエアーソフト剣には余りにも過剰であり、袈裟斬りの一閃が鋭過ぎて、剣先が消えたように感じたほどだった。その、速さという一芸だけで、世界がとれるのだった。


 大学3年生から、僕は大学の別のキャンパスに通うことになって、練習場所が遠くなって練習に参加できなくなり、サークルを引退することにした。サークルを辞めたら、こんな競技、二度とプレイする機会はないだろうと思い、購入していたスポーツチャンバラ専用の面とエアーソフト小太刀は、サークルに寄付した。

 それ以来、僕の人生でスポーツチャンバラが出てきたことは殆どない。大学時代のサークルの話題になっても、僕は、お笑いをやっていたというエピソードを披露するだけで事足りたし、スポーツチャンバラがオリンピック競技に採用されて急に世間の脚光を浴びるようなこともなかった。

 大学3年生の時に、ケーブルテレビでキッズステーションというチャンネルを適当につけていたら、アニメでスポーツチャンバラ教室のシーンが出てきたのが目に止まった。そのシーン自体は、競技者から見ると違和感とツッコミどころしかなかったが、子供向け作品みたいな絵柄から漂うやけに不穏な空気感が気になって、原作の漫画を購入してみることにした。それが、「未来に贈るメルヘン」というキャッチコピーでおなじみの、「読むと鬱になる漫画」としても名高い『なるたる』との最初の出会いであった。僕はこの漫画を読んだ時、人生観を根底から覆されるほどの衝撃を受けた。無人島に持って行く漫画を一冊だけ選べと言われたら、僕は『なるたる』の6巻を挙げるだろうと思う(作者の鬼頭莫宏にもどハマりし、今でも作者買いしている漫画家の一人である)。原作でもわずかに出てくるだけのスポーツチャンバラという要素がきっかけで『なるたる』を知ったという人間は、世界で僕以外に殆どいないと思うが、この出会いを与えてくれたというだけで、スポーツチャンバラをやっていて良かったと心から言うことが出来る。僕の文章をを読んだ人間が、一人でもスポーツチャンバラを始め、ついでに『なるたる』を読んで一週間くらいショックで身動きとれなくなることを、願わずにはいられない。

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