だから僕はプロ野球観戦を辞めた
僕の最も古いプロ野球観戦の記憶は、小学生の頃、西武ライオンズと広島東洋カープが日本シリーズで戦っていたのをテレビで見たことだ。半日授業だった土曜日に、自宅で遅い昼ご飯を食べながらそれを眺めていた、という記憶を頼りにインターネットで検索したら、該当するのは、1991年のシリーズ第一戦(10月19日)か、シリーズ第六戦(10月26日)のいずれかしかありえないことが判明した。こんなおぼろげな記憶だけで二択まで絞り込めるなんて、情報化社会も捨てたものでない。
当時の僕は、父親が買ってくれた帽子が西武ライオンズのベースボールキャップだった、というただそれだけの理由で西武ファンを名乗っていた。ちょうど、森監督が率いていた頃で、西武の黄金時代だったのではないだろうか。辻、平野、秋山、清原、デストラーデ、石毛、伊東、田辺、奈良原、笘篠、鈴木(健)、羽生田、などなど、スタメンの人数より多くの野手の名前を思い出せるし、投手も、郭泰源、工藤、渡辺(久)、渡辺(智)、潮崎、鹿取あたりの名前は強く印象に残っている。にわかファンでも憶えていることはあるものである。
小学校四年生の時に、僕は山口県から千葉県に転校したのだが、一番驚いたのが、プロ野球というものがはるかに身近な存在であったことだ。僕にとって、プロ野球は、野球の上手い大人が世界のどこかにある広い場所でプレイしている様子をブラウン管の向こうで眺めるイベントだったが、野球好きの千葉県の同級生にとっては、野球場に出向いて現地で観戦・応援するのが当たり前のイベントだった。これは単純に、球場までの物理的距離が影響していると思っている。僕の引っ越してきた市は、東京ドームまで電車で一時間くらいだし、千葉マリンスタジアム(ちょうど、ロッテが本拠地を移した年だった)や神宮球場、少し足を延ばせば埼玉所沢の西武球場(現西武ドーム)までだって、試合を見にいくことが出来た。また、読売新聞をとっていると招待券がもらえる、という、よく耳にするが自分には一度も縁のなかった方法で、巨人戦のチケットを入手するケースもあるようだった。毎週、特にリトルリーグに所属していた友人の誰かしらは、プロ野球の試合を現地まで見に行っていたように感じる。目の前に誰だかのホームランが飛んで来た、みたいな話を興味深く聞いていたのを憶えている。
生まれて初めてプロ野球を球場まで見に行ったのは、おそらく小学校5年生の時だったと思うが、詳しい時期はあまり覚えていない。当時東京ドームを本拠地としていた日本ハムと西武の試合を、父と二人で見に行った。巨人戦のチケットは取れないが、日本ハムの試合なら簡単に取れた。入場前に、バックネット裏のめちゃくちゃ良い席が一枚余っているので野球好きの子供に譲りたいのだがいらないか、という謎の申し出をしてくる妙なおっさんに話しかけられたこと、ドームに入る時に気圧差で凄い風を浴びて驚いたこと、球場が思った以上に広く、ただの外野フライでもとんでもない飛距離でその迫力に面食らったこと、父親が試合そっちのけでビールばかり飲んでいたこと、混雑する前に8回くらいで切り上げて帰途に着いたことくらいしか憶えておらず、どちらのチームが勝ったかすらわからない(試合を特定しようと試みたが、さすがに検索のしようがなかった)。
以降も何回か野球の現地観戦に行ったものの、僕に全く向いていないイベントであるのは明白だった。僕は、いつの間にか西武ライオンズファンでなくなっており、明確な推しのチームを見失って、どの球団のことも特に応援していなかった。贔屓の球団なしに、現地の雰囲気そのものを楽しめるタイプでもないし、野球のプレイ自体を見るのは好きだが、それならテレビ中継の方がアップで見えるし、何ならスローで再生してもらえる上に解説までついてお得である。
日本テレビが、東京ドームの巨人戦を毎日のようにゴールデンタイムに放送していた時代、僕はそれをよく見ていた。試合が長引いて放送時間が21時24分まで延長になって、その後の番組がずれ込んでいた。大体の場合、放送時間内に試合も終わらないので、野球を見たい人も次の番組を楽しみにしている人も、誰も喜ばない謎の延長だった。その内、放送時間の延長をしなくなり、さらには、野球放送自体を地上波でほとんどやらなくなった。ケーブルテレビでBSもCSも見ることが出来たが、そこまでして見ようと思わなかった。そういう時流に沿うような形で僕は、成長するにつれて、プロ野球を見る頻度が減っていった。知っている選手も徐々に少なくなり、より気持ちが離れていった。「疎遠スパイラル」を絵に描いたような形で、僕はいつの間にか野球観戦を辞めた。
野球を見ていた時期の印象的なエピソードを思い出そうとしているのだが、贔屓の球団がないせいで、ひどく散漫なものしかない。それは例えば、田口壮とイチローと本西という最強のオリックス外野陣のことであったり、バントをしない最強の二番バッターという触れ込みで名を上げた小笠原のことであったり、捕手と外野手を行ったり来たりした末に楽天でブレイクした磯部のことであったり、世界で最もしなやかで美しいピッチングフォームではないかと思っている渡辺俊介のことであったり、僕の妻が昔から追いかけている小林誠司のことであったりして、つまるところ、気になった選手そのもののことばかりで、生中継で見ていたあの伝説の試合、みたいなものはついぞ浮かんでこないのである(イチローがマウンドに上がったオールスターで、代打にピッチャーの高津が出されたことくらいか)。このあたり、同じ野球観戦でも、高校野球とは楽しみ方の質が違っていたのかもしれない。
今や僕は、ニュースで話題になったプロ野球選手の名前くらいしかわからないので、プロ野球ファンというのもおこがましい、ただの一般人である。僕のよく知っていた選手は、いつの間にか監督になっている(それどころか、チーム不振の責任をとって辞めさせられている)という有様である。
ちょうど、これを書いている2022年のシーズンは、完全試合もあったし、三冠王も出たという、とんでもない年であった。もう、それぞれの記録の最後の達成者が槙原でも松中でもないのだということを、僕は上手く飲み込めずにいる。
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