だから僕は株価チェックを辞めた
僕みたいな怠惰な人間にとって、「不労所得」という言葉は、まさに憧れの対象だ。不動産や賃貸マンション経営、といった古来からのわかりやすい業態に加え、アフィリエイトブログやYOU TUBE、オンラインサロンなど、ITの発展に伴って近年になって現れたものも多数存在するが、素人がそう易々と手を出せるものはない(どうしても、「胡散臭い連中の食い物になりそう」という不安がつきまとう)。そんな中、現代の日本において、一般人でもローリスクでそれなりのリターンが見込めそうな方法が、株式投資なのではないかと思っている。
以前は、株なんてものは限られた一部の大金持ちの投資家にしか手が出せない代物であったが、手数料の安いネット証券会社が登場し、銀行への預金で得られる利息も雀の涙ほどになってしまった今、むしろ「一般人が手を出すべき」財テクの一種と言っても過言でない。勿論、株式投資は「元本保証がない」という点から、銀行への預金とは異なり、財産を減らすリスクもある。ただ、銀行だって万が一破綻すれば、ペイオフによって1000万円とその金利分までしか保証されないのだから、1000万円を超えて預け入れしている分については、どうなるかわからない。それくらいのゆとりがあるなら、「別の銀行に分散して預けよう」みたいな消極的な方向でなく、絶対に株式投資を始めるべきであるし、当然、余剰資金がそんなに多額ではない人間だって始めるべきである。コツコツ貯めた100万円で投資をはじめて、文字通り億万長者となった人間もいる。勿論、その何十倍もの人間が夢を掴めずに消えていっただろうし、多くの人間は、「100万円で株を始めて、追加で幾らか投入している内によくわからなくなったけど、これまでの収支はたぶんプラスだと思う」みたいな感じに落ち着いているはずである。いや、さすがにお金が絡むから、そんなどんぶり勘定でやっている人は少数派(最悪、僕だけ)かもしれない。僕の場合、収支は絶対にマイナスだと思うが、その総額を全く把握できていない。最初の頃は、Excelファイルで、所有する8つの証券会社の口座について、手数料まで含めた全取引の収支を管理していた。すぐに飽きて、あとは感性に任せて取引をしている。はっきり言って、そんな人間が儲けられるほど甘い世界はない。
株で儲ける方法は、大きく二つある。購入した株価より高い値で売却して、その差額分だけ儲けるキャピタルゲインと、株主優待や配当金など、株を所有しているだけでもらえるボーナスで儲けるインカムゲインである。最初に株を始めた時は、「できるだけ手堅く、高配当の銘柄や株主優待がお得な銘柄を選ぼう」と考える。今はどうか知らないが、電力会社など、年間5パーセントを超える配当がもらえる銘柄も普通に見つかる。100万円分買えば、5万円は戻ってくる計算だ。銀行の年利の100倍くらいになるのではないだろうか。
だが、大体の人間は、キャピタルゲインに目が眩む。株の情報サイトで「本日の値上がり率ランキング」みたいなものを調べてもらえればわかるが、ストップ高で「+30%」などとなっている銘柄が絶対にある(どれだけ日経平均が暴落している日でも、一銘柄くらいは20%を超える値上がりをしている)。これはどういうことかといえば、「もし昨日の内にこの銘柄を買っていれば、今日それを売るだけで30%儲けが出た」という話だ。投資よりも投機に近いが、乱高下する銘柄を安く買って高く売れば、とんでもない儲けが出る。この誘惑に勝てないのである。実際のところ、僕は日経平均株価が1万円くらいの時に株を始めたので、目を瞑って、名だたる有名企業の株を買ってさえいれば、今頃2倍くらいになっていたはずなのだが、そういう銘柄は大抵短期における値動きが小さいので、僕は当然買っていない。大きなリターンのためには大きなリスクをとらなければならない、と言えば格好良いが、リターンを得られていない以上、何のためのリスクなのか、という話になってくる。
僕は、新興のバイオ関連銘柄に手を出しまくった。2万円で買った株が30万円に化けたこともあるし、26万円で買った株が3万円になったこともある。なお、両方とも売り時を逃して、前者は9万円に、後者は5万円くらいになってまだ保有している。株は、売るのが本当に難しい。利益を確定させなければ、どれだけ高騰した株を持っていても、無意味なのだ(利食い千人力)。「10%の儲けが出たら、機械的に売る。逆に、10%値下がりしても、機械的に売る(損切り)」このようなアルゴリズムで、盛り上がっている銘柄の取引をすれば、うまくいけば儲けられるのではないかと思う。だが、人間の意志の力では無理である。所有銘柄がストップ高を記録したら、次の日に絶対に売った方が良い。何十パーセントもの利益が転がり込むのだから、当たり前だ。それすら出来ない。「これだけ盛り上がっているのだから、二日連続でストップ高になるのではないか」という期待感で様子を見ていたら、値下がりを始めてしまったりして、「一度下がった後に、反転して値上がりを続け、最終的に10倍くらいになるのではないか」みたいな幻想にとらわれてさらに売れなくなっている内に、ずるずると値下がりを続け、いつの間にか購入価格を割り込むに至り、「いつかまた高騰するに違いない」と信じているふりをしながら塩漬けする。そんな銘柄だらけになる。損失額も、株を売却しなければ確定しない(含み損)。そうやって、自分をごまかす。
所有している銘柄の株価を気にしていたら、証券取引所が開いている平日の9時から15時まで、一喜一憂し続けることになる。業務時間中も、気になって仕方がないという時期が、確かに僕にもあった。僕の知り合いに、「一時期、株に嵌まっていたが、ある時、昼休みに株のチェックをしたら、午前中だけで270万円マイナスになっていて、あまりのショックに目が覚めて株をすっぱり辞めた」という人がいる。気持ちはわかる。僕は、証券会社の口座に並ぶ100万円単位の含み損の額を目にするのに耐えられなくなり、株を辞めずに、株価のチェックだけ辞めた。目をそらしたまま、投資は続けているという謎の状況だ。時折、配当金が振り込まれたことを知らせる手紙が届く。数万円に及ぶ臨時収入は、そこだけ見れば不労所得だが、「焼け石に水」の具現化でしかない。
ちなみに、なぜ僕が100万円単位の含み損を許容できるほどの余剰資金を持っているかと言えば、2014年に父が他界した時に遺産分割を行った結果、労せず数百万円が転がり込んできたからである。僕はそれを追加の資金として、株につぎ込んだ。……遺産相続という不労所得を糧に、更なる不労所得を呼び込む、不労所得スパイラルが始まるはずだったのだ。そして後には負け犬みたいな人間だけが残った。
この章を書くにあたって、株の全取り引きを書きつけていたExcelファイルを数年ぶりに開いた。その中に、「ルール」と書かれたシートがあって、僕も完全に忘れていた取引ルールが記載されていた。
①ストップ高になった株については、最低1単位、その日のPTSまたは次の日の寄り付きで成行で売却する。
②値幅制限上限になっても取得平均額を奪還できない水準まで値段が下がった株については、損切りまたはナンピン買いを選択する。
③ルールを守れなかった場合(あえて守らない場合)は、3万円分の投資信託を購入or利益の出ている投資信託を売却する。
④新規公開株は初値で売却する。
ルールを守れずに暴走した時のために、資金を少しローリスクな方向に落ち着けるためのルールまで設定してあるというのに、それさえ守った記憶がない。最初から最後まで徹底して、一つたりとも守れていないルールが恥ずかしげもなく提示され続けているのである。……皆さん、こいつヤバいですよ、マジで。
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