だから僕は過去の自分の狂気を侮るのを辞めた
僕は今、ワナビだった2000年代に書いていた小説をカクヨムに投稿することをライフワークにしている。それどころか、書き始めたものの完成させられなかった小説の断片や、設定資料、ポエムまがいの散文など、PCに残っている全ての文章を公開することを画策している。若書きの作品は正直、共感性羞恥を掻き立てられるものが多く、今の僕にとって、読み返すのが苦痛であるケースが多いが、出来る限り成し遂げたいと思っている。何故、世界の誰一人として得をしない精神的自傷行為のようなことをやっているのかについては、『今迫直弥を名乗る人物からのメールについて』という私小説風の作品内で語っており、まあ、僕の人生に小さな転機があったのだと思っていただければよい。
私用のPCに残っている(今迫作品という意味での)文章ファイルは、およそ50といったところで、完成した作品は半分にも満たない。3週間くらいで完成作品について全て投稿を終えてしまい、未完成作品に解説をつけながらアップするという地獄のフェーズに入ってしまったが、作業自体の物理的な労力は多くないので、「これが終わったら何をすればよいのだろう」ということを真剣に考え始めていた。不定期に書いているこのエッセイ『だから僕は○○を辞めた』のネタは何十個も用意してあるが、無限に書き続けられる代物でないことも勘づいているし、「書くサイド」にしがみつくこと自体は僕のそもそもの行動目的と乖離している。またぞろ別の暇つぶしを見つけて、「だから僕はカクヨムを辞めた」を書き上げ、静かにここを去ればそれで良いのかもしれない。
そんな時にふと思いついたのは、「昔、手書きで書いていた作品も全て書き起こして公開してしまえばよいのではないか」ということだった。僕は中学生の頃から小説執筆を趣味にしていて、父が職場からもらってきた富士通のワードプロセッサーを使ったりもしていたものの、基本的にルーズリーフに鉛筆書きで執筆していた。手書きの利点は、学校の休み時間に思いついたことを書きつけられたり、書き上げてすぐ(印刷などせずに)友人に披露したりできるということで、非常に読みにくいし(特に僕は文字が死ぬほど汚い)、一度書いてしまうと内容の修正もしにくいなど、デメリットの方が圧倒的に多かったが、アナログ世代のワナビは全員通った道であろうと思われる。
2022年10月の三連休で実家に帰る機会があったので、当時のルーズリーフやノートを漁っていたら、想像を絶する量の文章が見つかった。間違いなく僕の筆跡であったが、半分以上、書いた記憶のないものだったことで、僕は戦慄した。おそらく、痛々しい過去をなかったことにしたいという、防衛機制によるものだろう。何しろ、うすら寒いポエム紛いの文章が延々と続くだけの、何のために書いたのかわからない代物が、「96ページ」に及んでいる。その他、本文を一文字も書いた覚えのない異世界ファンタジー小説のタイトルとキャラクター設定が10作品分以上あったし、厨二病丸出しの長々としたオリジナルの「呪文の詠唱」だってあった。「20人以上の在校生全員が何らかの特殊能力を持つ」というヒーローアカデミアみたいな学園が舞台の作品では、設定を紹介する目的で、それぞれの日記という体裁の文章が登場人物全員分作成され、物語の冒頭を飾っていた。PC内に残されていた未完成作品について、未登場の登場人物の設定やプロットが書き残されていた場合もあった。中でも、カクヨムにも投稿した「ハンプバックをよろしく!」という小説は、一年間に渡る小人同士のバトルについて、その設定が明らかになる始まりの五日間だけを描いて終わる、人を食ったような作品なのだが、そこに出てくる「108属性の小人」について、本編に全く出てこない全員分の名前と特殊能力、ステータスなどがびっしりと記載されたルーズリーフが見つかった(その内、電子データ化して、公開したいと考えている)。古過ぎて文字が消えかかっているもの、高校の配布プリントやチラシの裏に書かれているものなども含め、僕は、200枚以上の紙媒体と、2冊のA4版のノートと、1冊のメモ帳を実家から持ち帰ってくる羽目になった。
僕は、過去の自分の執筆意欲みたいなものを完全に侮っていた。書けなくなる前の若い自分の熱意を、忘れてしまっていた。何しろ、僕が書いていた文章は、これで全てではないのだ。僕は、中学生時代から友人達とリレー小説を書いていたので、手書きでルーズリーフ1000ページ以上、PC内にも30万文字以上の合作の作品が残されているし、大学時代にはお笑いのサークルに入っていたので、コントや漫才の台本、大喜利の答えを書きつけたネタ帳がノート2冊分ある。何故、ここまで徹底して「書く」という行為に固執していたのか。今の僕には、過去の僕が狂気の領域に足を踏み入れているようにしか見えない。
独自の世界観の、辞書みたいな分厚さの作品が有名だったライトノベル作家の川上稔は、執筆のために1000ページ以上の設定資料を作っていたという話を聞いたことがある。「書きたいこと」が溢れて止まない人間だけが、作家になれる。そしてそれを続けていける。自己承認の欲求を遥か超えたところに、彼ら彼女らは立っている。
今の僕はもう、書きたいことと書き続ける覚悟を失ってしまった。作家どころか、ワナビにもなれない。自身の膨大な黒歴史に優先順位をつけて粛々と公開し、解説をつけていくだけで、うまくいけば一生分の暇を潰せる。とりあえず、何かの物語を書く気になるまでは、それだけで良いと思っている。
ただ、僕は過去の自分の狂気を侮っていた以上に、今の自分の正気も疑っている。当たり前みたいな顔で、いい歳して異世界転生ものの新作を書き始める、そんな自分のことだって、容易に想像できてしまうのである。
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