だから僕は暗号資産投資を辞めた

 「投資に関する儲け話は、世間で話題になった頃にはもう遅く、後発者はカモにされるだけである」ということが賢しらに言われているが、これは間違いだと思っている。勢いよく行動できないことに対する言い訳みたいなものに過ぎない。

 20世紀の末、インターネット黎明期に、ヤフー株の高騰が一躍話題になった。その時点で株価が短期間に何十倍にもなったという話であって、世間はバブルみたいな扱いをしていたが、その後も躍進は続き、さらに10倍くらいになるのを目の当たりにした。子供ながらに、ニュースで見た時に目を瞑って買っていれば大金持ちになれたのに、と悔しく思ったものだ。

 似たようなことは、パズドラが空前の大ブームとなった頃のガンホー株でも起こっていて、株価が何十倍にもなったことで、誰もがその後の暴落を予想していたが、ガチャへの課金というシステムはそれまでのゲーム会社と全く異なる収益構造の確立に貢献し、会社は事業規模を拡大したまま安定し、東証一部上場を成し遂げた。株価は、流石に過剰な期待感による暴騰と乱高下の後に大幅に下落したが、パズドラ前から比べれば何十倍という水準は維持している。当時、ネット証券の口座を持っていた僕は、株式分割によって庶民でも手の届く金額で購入できるようになるや否や手を出し、すぐに倍近くの値段になって、持ち株の半分くらい売って利益を確定させた。今は含み損がひどいことになって塩漬けしているが、元金は回収してあるので、穏やかな気持ちでいられる。あの時全て売っていれば、と考えても仕方ない。一部でも売り抜けられた僥倖を喜ぶべきである。それに、後発でも間に合うことを自ら証明できたのだ。

 そんな僕が、暗号資産に食い付かないわけがない。仮想通貨、と呼ばれていたので、僕の中ではその名のイメージなのだが、仮想通貨がテレビなどで取り上げられて、僕がビットコインの存在を知ったのは、1ビットコインが60万円くらいの頃だった。何しろ、1ビットコインが10円、みたいな時代もあったわけだから、そのあまりの暴騰ぶりに、大概の人は冷笑的な目を向けていたのではないだろうか。僕は、まだ間に合うはずと信じて、最も登録者の多かった取引所の口座を開設した。余剰資金の30万円を口座に入れて、ビットコイン含め4種の仮想通貨に投資を始めた。

 こういった話題に詳しくない人でも、「1ビットコインが700万円になった」みたいな報道を目にした方は多いのではないだろうか。その後暴落し、これを書いている時点では3分の1くらいになってしまったが、それでも、僕の参入した時より遥かに高い値である。さぞかし大儲けしたのだろう、さては大儲けしたから投資を辞めたという自慢が始まるのか、と警戒されるかもしれない。

 結論から言うと、僕は仮想通貨で一円も儲けていない。というか、仮想通貨で儲けを出すと、雑所得として確定申告が必要になるという事実を知り、面倒くさそうだったので、撤退することにした(株の方は、特定口座というのを利用すると、譲渡益税を自動で徴収してもらえるので手間がかからない)。取引所で持っていた仮想通貨の多くを売却してちょうど30万円の日本円を確保し、それを口座から引き出して元金を取り戻して以来、完全に暗号資産投資を辞めてしまった。

 こんな書き方だと、「現実世界のお金に換金してないだけで、仮想通貨の形で含み益がたくさんあるわけね。自虐風自慢乙」と思われるおそれがあるが、そういうわけでもない。実は僕は、取引所に移した日本円の多くをビットコインとは異なる仮想通貨にぶち込んでいた。愚かにも、ビットコインの次に、別の仮想通貨が「来る」と考えていたのだ。残念ながら、仮想通貨はビットコイン一強みたいな感じになり、僕のメインの投資先はとんでもない暴落の憂き目にあった。有金全部使っていたら地獄を見ていたに違いないが、上限30万円でよかった。さらに、分散投資ということで、ほんのわずか、0.05ビットコインほど所有していたことで、暴騰したそちらに支えられて、収支としてはトントンくらいになって手を引くことが出来た。

 株にせよ仮想通貨にせよFXにせよ、投資は、余剰資産について、信用取引もレバレッジも使用せず自己資本の範囲内に限って行うべきである。僕はこの鉄則だけは守ったので、今も無事で生きている。

 端数とはいえ、僕はまだわずかに仮想通貨を所有している。ただ、税制度に何らかの変革がない限り、死ぬまで取引所にアクセスすることはないだろう。むしろ、死んでからも遺族に気付かれず、未来永劫死蔵されてしまうかもしれない。

 取引所の口座を開設した時、30万円と言わず全財産をかき集めてビットコインを購入し、10倍になったタイミングで売り抜け、面倒を厭わずに確定申告を行って、今の仕事を辞める、そんな「億り人」になっている僕がどこかの世界線にいてもおかしくないのだと思うと、正直少し羨ましい。……まあ、全財産を仮想通貨につぎ込むという暴挙を誰にも止めてもらえていない時点で、おそらく碌な世界線でないはずだが。

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