だから僕はIPO投資を辞めた

 僕が子供の頃、株式投資は先物取引とごっちゃにされて博打のような扱いをされていて、取引に必要な最低金額も大きかったことから、「絶対に手を出すな」みたいに言われていたように感じるのだが、時代は変わるものである。ネット証券が登場し、ミニ株など単元株未満での取引が可能になると、庶民でも手の届く存在になり、課税の減免措置が行われてみたり、NISAという非課税枠が設けられてみたりと、国もじゃんじゃん優遇政策を行ってくれている。余剰資産のある方は、絶対に一つはネット証券に口座を持っておいた方が良い。

 知らないと損をするお勧めの株式投資法として、IPO投資がある。IPOとは、「新規公開株」のことであり、時折、有名企業の上場がニュースになって、「初値は公募価格の2倍の〇〇円でした」みたいに伝えられることがあるが、まさにそれである。要するに、「新しい株を公開前に購入しておき、公開されるタイミングで売り抜ける」ことで、会社について何の知識がなくても、儲けることができるのである。初値が公募価格を上回る新規公開株の割合は軽く8割を超えるので、非常に勝率の高い賭けなのである。

 まあ、そんな都合の良い話が転がっているわけがない。IPOの肝は、「どうやって公開前の株を購入するか」という点にあって、これがなかなかに難しい。いや、難しくはないが、一筋縄でいかない。ネット証券でない証券会社の場合、お得意様に対して、「今度公開される〇〇の株を1単元、購入しませんか」みたいに、うまい話として営業をかけてくれるらしい(高い初値が期待される人気銘柄であれば、リスクの高い別の金融商品と抱き合わせにして話を持ち掛けるケースもあるとか)。一方、ネット証券の場合は、「抽選」となっており、その抽選方法が、会社ごとに様々である。IPOは、当選した時に必要な額を口座にあらかじめ入金していないと抽選に参加できない場合が多い(これを前受金という)のだが、「一人につき一口まで」と決まっていて純粋な運の勝負になる会社もあれば、相応の額の前受金さえ用意すれば、何倍にも当選確率を上げていける会社も存在する。抽選で落選するたびにポイントが貯まっていき、そのポイントを使うことで当選確率を上げられるサービスなんてのもある。そして、新規公開株の銘柄によっては、「A証券では取り扱いがあるけどB証券では取り扱い自体がない」みたいなことも全然あるので、とにかく抽選を多く受けるためにも、多くの証券会社の口座を開くことが肝要とされる。手間はかかるが、一度当選すれば、10万円単位の儲けが出ることもざらなので、リターンは大きい。

 そんなわけで、僕は7つのネット証券に口座を持っている。IPOが当選したこともたぶん通算で10回以上ある。だが、収支はトータルでマイナスである。その顛末を語っていきたい。

 まず、IPOの抽選は思ったより当たらない。ネットで、うまい投資話として広がり過ぎていて、競争率が異常に高い。宝くじの高額当選くらいの感じを覚悟した方がよい。そして、前受金の資金拘束が地味に痛い。銘柄によっては、1単元30万円くらいの前受金が必要になり、3つの証券会社で取り扱いがあった場合、抽選を受けるだけで100万円近くの資金が当選発表日まで拘束されて動かせなくなる。むしろ、資金が足りず、せっかく5社で取り扱われていたのに、3社でしか抽選が受けられない、みたいなこともざらに起こる。その上、全て落ちる。何しろ、「300万円の前受金を用意して当選確率を10倍にしている」無数の富豪と争わされているのだから当然である。さらに、珍しく当選してウキウキしていたら、「事情通の人間や企業情報をきちんと読める人間が避けて通る地雷銘柄」であって、多くの投資家が抽選をスルーした結果の当選であったことが判明し、当然、不人気のため公開初日に初値が公募価格の6割くらいに終わり、大損するような憂き目にあう(大概の場合、そんな銘柄が複数社の抽選で当選し、損害が膨れ上がる。当選しても購入しないという選択も出来たはずなので、完全に自業自得だ)。また逆に、期待の高い銘柄に奇跡的に当選した場合も、「むしろ、初値がついた後もさらに高騰する可能性があるから、しばらく持っておいた方がよいのではないか」みたいな色気を出してしまい、「初値で売れば20万円の儲けだったのに(40万円の儲けがちらついた果てに暴落し)、結局公募価格を下回ってしまい、売るに売れなくなって塩漬けする」という異次元の結末を迎えることになる。そして、前受金の確保のために証券会社口座間でお金を移動させては抽選を外し続けるという行為の不毛さに耐えられなくなり、「この資金を使って普通の株を買えば、配当金がもらえたり、株主優待がもらえたり、場合によっては値上がりしてキャピタルゲインが得られたりするじゃないか!」と気付いて株の購入を始めてしまい、前受金の工面が面倒になって、いつしかIPO投資から離れてしまった、というわけである。


 余談だが、僕は株でも大損している。この世に、怠惰な人間にも出来る楽な儲け話なんてない。


 抽選にまつわるお金の移動や、当選後の株の売買を機械的に行える人間であれば、IPO投資は本当にお勧めできる。続けているうちにいずれ必ず儲けが出るだろう。だが、人間の欲は底無しであり、目先の利益や自分勝手な期待感にとらわれ、必ず選択を誤る。堪えが効かず、理外の行動をとる。「そんな馬鹿な真似、するわけないだろ」と思っている人間が、一番危ない。新規公開株のすぐそばには、深淵が待ち構えている。

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