だから僕はMMORPGを辞めた
ゲームの話ばかりで恐縮だが、僕はサービス初日からファイナルファンタジーXI(以下、FF11)をプレイしていた稀有な人間である。FF11は、ファイナルファンタジーシリーズ初のMMORPG(大規模多人数同時参加型オンラインRPG)であり、プレイステーション2でプレイするためにPlayStation BB Unitという外付けユニットを別で購入する必要があったり、ゲーム本体以外にも月額1000円以上のプレイ料金がかかるなど、それなりの覚悟がないと始められない代物であった。僕は、「一度、オンラインゲームをやってみたいと思っていた」ところに、国民的な有名タイトルの新作なら外れもなかろうということで、清水の舞台から飛び降りるような気分で、思い切ってヴァナ・ディールの世界に降り立った。なお、サービス初日はエラーと混雑でまともに入れなかった記憶がある。
MMORPGはストーリーの終わりがなく、何年でも続けられる代物であるが、僕は一年半くらいでやめてしまうことになる。後に何作品も出る拡張データディスク一作目の『ジラートの幻影』までしかやっていない。レベル上限が50から順次引き上げられ、75までになった時代までしか知らず、後にゲームバランスが大きく変わったらしいのだが、ソロプレイがほぼ不可能で、敵が強すぎて6人パーティーを組まなければ街の外を歩くことすらままならないような世界を生きていた。ただ、基本的に毎日ログインし、プレイ時間も100日を越えていたように思うので、一般的なゲームのプレイ時間(数十時間)から考えると、破格の時間を費やしていたと言える。
ヴァナ・ディールの世界における時間の使い方は非常に贅沢だった。街にいるノンプレーヤーキャラクター全員に話しかけ、隅から隅まで見て回るのに優に2時間はかかるし、街から街まで移動するだけでも、チョコボを使って20分とか30分とか平気で必要だ。飛空艇に乗れば数分で着くが、出発時間まで30分待ったりする。レベルを上げるために前衛後衛バランスの良い5人のパーティーメンバーを1時間かけて集め、20分かけて狩場に出かけ、初戦でメンバーの一人の回線落ちが原因で全滅して解散になる、みたいなことも平気で起こった。不人気のジョブでパーティーに誘われ待ちをしながらバザーを見ていたら、誰からも誘われないまま数時間が経過したりする。
そんなゲームがなぜ面白く成り得るかというと、他のプレイヤーとコミュニケーションがとれるからだ。僕がプレイしていた頃は、多い時で1サーバーにつき3000人くらいオンラインになっていた。野良のパーティーで一緒になった人や、そこから出来たフレンド、さらにはリンクシェル(リンクパールというアイテムを複製し、同じパールを持つプレイヤー間で専用のチャットチャンネルが開設できるシステム。プレイヤー同士で作るコミュニティ)でチャットしているだけでも楽しい、という意見をよく見た。待ち時間が多いということは、それだけ、コミュニケーションに費やせる時間も多いのだ。
僕は正直、それに馴染めなかった。
外の世界で対人関係に気を遣うのに疲れたからゲームで現実逃避がしたいのに、ゲームの中でも対人関係に気を遣わなければいけないというのはどういう了見なのだ、と考えてしまった。今でいう「SNS疲れ」に近いものでないかと考えている。
僕は、どこのリンクシェルにも属さず、フレンドもほとんど作らず、当時のFF11で唯一ソロプレイが可能といわれていた『獣使い』というジョブをメインに据えて、独りで戦うスタイルを選んだ。オンラインゲームで孤独に戦うことを選ぶ者なんてほとんどいなくて、獣使いは本当に不人気だった。僕のいたサーバーでレベル75に到達していたのは当時3人くらいしかいなくて、僕はその内の1人だった。それだけを誇りにプレイしていたけれど、ある時、2ちゃんねる(攻略情報を得るために、FF11板を見ることはプレイヤーの義務と化していた)の獣使い専用スレに『獣使い専用リンクシェル』を立ち上げたという話が載っていて、なんとなくそれに参加した。孤独に耐えられなかったのかもしれない。
でも結局、それが致命打になった。
リンクシェルで具体的に何があったわけでない。何回か獣使いだけで中ボスみたいなやつを倒しに行くイベントに参加したり、リンクシェルのチャットチャンネルに流れる雑談をラジオを聴くみたいに流したりしていた。僕は、ログインした時とログアウトする前に少し挨拶するくらいだった。ある時、自分が一体何をしているのか急にわからなくなって、ログインするのが億劫になった。一日ログインしなかったことで、次の日には、「昨日わけもなくログインしなかったことについてリンクシェルのメンバーに何か思われているかもしれない」みたいな過剰な自意識が邪魔して、さらにログインしにくくなった。そのままもう二度と入れなくなって、翌月に解約した。
たぶん僕は、MMORPGに向いていない人間なのだ。遥か後になって、ドラゴンクエスト10の3DS版が出た時に、妻に誘われて一緒にプレイすることになるのだが、やはりそちらも早々に離脱してしまった(ドラクエ10に関しては、徹頭徹尾、妻以外のプレイヤーとコミュニケーションをとっておらず、娘が生まれたりといった他の要因に屈した形なので、必ずしも同じ文脈で語れるわけでない気もしているが)。『ソード・アート・オンライン』みたいなフルダイブ式の、「現実逃避の極み」みたいなシステムが完成するまで、MMORPGに手を出すことは二度とないと思う。
2022年、FF11はサービス開始から20周年を迎えた。プレイステーション2でのサービスは終了してしまったみたいだが、PC版ではまだプレイできるらしい。もはや、僕の知っていた時代から遠くかけ離れ、どんな世界になっているのか、想像すらできないけれど。
ウィンダスの街を出て、遥か広がるサルタバルタの光景を目にし、あの牧歌的で優しいBGMを初めて聞いた時の感動を、名状しがたい感情に負けてあえなく途中で頓挫することになる冒険が始まったその瞬間のことを、僕はそれでも忘れない。
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