だから僕はアニメオタクを辞めた

 僕は、深夜アニメの黎明期のような時代に思春期を迎えた。基本的に小さな子供向けでない、いわゆるオタク向けのアニメは、テレビ東京(当時は12ch)の18時から19時までに放映していた時代で、『スレイヤーズ』も『カウボーイビバップ』もリアルタイムで見ていたし、『ロスト・ユニバース』のヤシガニ回だって見ていた。僕は当時から空想の物語が好きだったし「マイナーで面白い作品を知っている」という状態への憧れがあったので、見られるアニメは全部見ようと思っていた。

 18時台だけでなく、何やら夜中にもアニメをやっているらしいことに気づいた僕は、新聞のラテ欄を確認し、アニメと思しきタイトルを持つ30分枠の新番組を全て録画して確かめることにしていた。今と違ってインターネットが発展しておらず、アニメ情報誌を購読していなかった情報弱者の僕は、新作アニメを完全な手探りで探すしかなかったのだ。テレビ東京で深夜1時15分くらいからやっているのは大体アニメだったのだが、他のチャンネルだと、売れないアイドルが出ている変なドラマだったり、女性声優メインの謎のバラエティだったりした(お色気要素があれば初回だけ少し見た)。当時の深夜枠のアニメは、「深夜にやっているということはつまりエロいのではないか」という思春期の少年の当然の期待を、半分くらいは平気で裏切ってきた。『宇宙海賊ミトの大冒険』や『十兵衛ちゃん』を深夜にやらなければならなかった理由が、僕にはわからない(『lain』は深夜枠で然るべき内容だと思った)。「別にエロくもグロくもないアニメも当然のように深夜に放送する」という方向性は現在も続いているようなのだが、それが果たして健全なことなのかどうか、僕にはよくわからない。まあ、今は各種配信サイトで好きな時に好きな作品を見返せるようなので、地上波の放送枠を深く気にする必要はないのかもしれない。地上波で深夜に放映するアニメが『ナジカ電撃作戦』みたいなやつばかりだったら、やっぱり不健全か(今、放映できるのだろうか)。

 20世紀の終わりから21世紀の始まりにかけて、僕は、一週間分の見たいアニメ(深夜に限らず)を2時間のVHSのビデオテープに3倍で録画し、それを土曜日の夜にまとめて見るというルーティーンを完成させた。平均で毎クール、一週間に10から12本のアニメを見ていた。ほとんどの作品で、オープニングとエンディングとCMを飛ばしていた気がするが、『天使になるもんっ!』とか『無限のリヴァイアス』とか印象的なオープニングは未だによく覚えている。また、僕は結局、声優にハマることは出来なかったのだが、『地球防衛企業ダイ・ガード』で唯一無二の声質でサブキャラを演じていた田村ゆかりのことは強烈に印象に残っている。

 こんな、古のアニメあるあるでいくらでも盛り上がれそうな雰囲気を出しているが、実のところ僕には大きな弱点があって、「どうしても」のである。正確には、「一般人からはオタクに見られ、本当に詳しい人からはニワカファンに見られる」という中途半端な深度にしか行けないのである。アニメをたくさん見ても、浅く広くストーリーを楽しむだけで、「○○は俺の嫁」と言えるほどの推しキャラや、「DVDを初回限定版で全巻揃えました」と言うようなお気に入り作品があるわけではない。「熱しにくく冷めやすい」という致命的な性格傾向をしており、何かにそこまでのめり込むことができないのだ。

 たぶん、それが全てだ。

 2005年、僕は付き合っていたメンヘラ女に裏切られて人間不信になって10ヶ月間引き篭もりになるという面白イベントに見舞われるのだが、ちょうどその頃、ある日ぷつりと何かの糸が切れたように、アニメを録画してまとめて見るというルーティーンそのものを止めてしまった。『極上生徒会』は最後まで見たが、『交響詩篇エウレカセブン』は最後まで見ていない。それくらいの時期だ。

 以降、僕はひいき目に見てもアニメオタクと言えない人間になった。アニメを全く見ないわけではなく、界隈で話題になったアニメを「界隈で話題になっている」ということ自体を理由に見始める程度の「アニメを見ることもする一般人」になった。『魔法少女まどかマギカ』は5話目くらいから見始めたし、『シュタインズ・ゲート』は17話過ぎたくらいから追いかけ始めた。『PSYCHO-PASS』は、好きなアーティストがオープニングテーマを担当すると聞いていたおかげで、最初から見た。だが、いつかは見たいと思っているのにまだ見ていない、有名なアニメが死ぬほどある。『化物語』も『コードギアス』も『ガールズ&パンツァー』も、僕は履修していない。「マイナーで面白い作品を知っている」人間になりたかったはずが、今や「メジャーな面白い作品さえ知らない」人間に成り下がってしまった。

 撮り貯めしたアニメを見なくなった当所、空いた時間は、本を読むことと小説を書くことに充てられていた。その内に、小説を書かなくなり、本もほとんど読まなくなったというのに、アニメを見るための時間は戻ってこない(毒にも薬にもならないバーチャルユーチューバーの雑談配信を見る時間はあるというのに)。

 誰と語り合うためでもなく、繰り返し録画したVHSのビデオテープが擦り切れるまで独りでアニメを見漁っていたあの頃の僕は、もういない。何百時間も録画しておけるHDDレコーダーと、ケーブルテレビと、Amazon Primeビデオと、ABEMAと、Huluが見られる環境は、今の僕にはどう考えても過剰すぎる。娘と一緒に、『SPY×FAMILY』を見られれば、大体それで充分だ。


 全くの余談だが、僕が人生で唯一DVDボックスを購入したアニメ作品は、たった一つしかない。『楽しいムーミン一家』(全104話)である。にもかかわらず、アニメオタクを自称してる腐れ野郎、他に、いますかっていねーか、はは。

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