人類最期のセントエルモ

@ninaku

本編

そうして人類は永遠の眠りについた。

「? えっと……」

懐中電灯を向けた私の目の前の壁。

そこにはそんな『記号(マーク)』が並んだ看板が掲げられていた。

他にも何か書いてあったのだろうか、妙に大きな看板だ。

しかしその看板は表面が黒ずんだ煤煙の跡やホコリやらでかすれて殆どが読めなくなっていた。

それでも不思議と看板の下の方にあったそれらの記号だけがは全てハッキリと残っていた。

恐らくこれも『文字』なのかもしれない。

「ねー、オグ姉(ねぇ)ー! いるー!?」

大きく出した私の声に同時、周囲の暗闇に声が反響する。

数秒して、わうんわうん、と自分の声が辺りから跳ね返ってきた。

頭上から降ってくるようなくすぐったい感覚もある。

思ったよりエコーがかかる。かなり広い場所なのかも。

「はぁーい? どうしましたー? もしかしてまた食べ物ありましたー?」

後ろの暗闇の奥から反響する別の声。

独特の鼻にかかったような声と丁寧ぶった話し方。オグ姉だ。

それにしても、ついさっき山ほど食べ物見つけたばかりなのにまた食べ物を気にするなんて。相変わらずだな。

「ちがーう! いいからこっち来て見てよー! また変な文字見つけたのー! 文字!」

「文字ですかぁー? なんだーてっきり食べ物かと思いましたー」

「だーっ! いいからこっちくる! いそいで!」

どこまでも食いしん坊な奴に私は大声で叱責。

少しして反響した声と自分の荒い息遣いが響く中、暗闇の向こうからやたら遅い速度でじゃり……ジャリ……と破砕したタイルを踏む足音が近づいてくる。

気分が乗らないのか、いつまでたっても早く駆け寄ってくる気配はない。

(あーもー。もっと早く来てよ。相変わらずご飯以外に興味ないんだから。……ん?)

すると睨む私の視線の先。

少しするとぽう、と暗闇の中に小さな青い光が二つ浮かび上がる。

人ほどの高さに横に並んだ二つの星のような小さな青の光。

それを目にすると、ふと私の中で小さなイタズラ心が沸いてきた。

(へへ。よぉし、オシオキしてやる)

自然とニヤッと自分の口角が上がった。

看板に向けていた懐中電灯。

私はその先端部のつまみをいじり、すぐさま青い光の方へ向けてやる。

瞬間、その光を受けた青い光が妙な軌道を描いて揺らめき――

「ぎゃわーッ!? まっ、まっしろ! 目の前がまっしろー!?」

たちまちオグ姉の悲鳴が周囲の大気をけたましく響かせた。

予想通りのリアクションに思わず吹き出してしまう。

「ほらほら! 早くこっち来てこれ読んで! 私文字読めないんだからさー!」

駆け寄る足音がすぐ傍まで近づいてきたところで今度は弱く調節した懐中電灯の光を音の方へ向ける。

やがて私の傍にオグ姉が――『白い硬化プラスチック製の人型ロボット』がやってきた。

「で、これがその文字ですか?」

来るなりオグ姉は看板を見つめながらそう言った。

そう言ったオグ姉の目元ではカメラアイの蓋が瞼のようにパカパカと開閉している。

――あ。まるで瞬きしてるみたい。かわいい。

文字を読むオグ姉の隣で私は人間のような動きをするロボット(オグ姉)に今更変な感動を覚えていた。

するとそんな私の視線に気づいたのか、オグ姉の青い瞳がこっちを向く。

「あの……? どうしました? 私をじっと見て」

ドキッ。

「あ、い、いやーごめん、そ、それより読める? コレ」

慌てて話題を反らす。オグ姉の外見はロボットなのに不思議な気分だ。

オグ姉は私の追及を諦めたのか、やがてアッサリと回答を口にした。

とはいえ答えを得ても尚、私は更に混乱した。

「? 永遠の眠り……? え? どういうこと?」

「……おそらく『死ぬ』という事の比喩表現でしょうね」

「ふーん。なんか変だね。それ」

「ええ。一体、何故これを書き残したのか……それより、ここから引き返しませんか?」

「え。なんで?」

思わぬオグ姉のその提案に思わず批判めいた問いかけを返す。

声もえらく遠くまで響いたことだし、この場所はかなり広く、調べる甲斐がありそうなのに。

「てゆーかさオグ姉、私達の目的忘れてない?」

「目的、ですか」

「私達、人に会うために旅してるんだよ? それなのにここから戻っちゃったら、また今までみたいに人のいない通路をず~っと歩くことになるんだよ?」

「それは……そうですけど」

それは嫌なのはオグ姉も同じなのか、でも妙に言葉を濁している。

一体何をそんなに躊躇うのだろう。

「それにほら! この先にも、きっとおいしいご飯もあるかもだしっ! オグ姉、ご飯探すの好きでしょ? 行こうよっ!」

「……それじゃあ、その前にかなり歩きましたしご飯にしましょう。丁度、沢山材料も持ってきましたので」

そう言うとどこに持っていたのか、私の足元に缶詰やら真空パック入りの食料が入ったやたら巨大な包みがドスッ、と重たい音と誇りを大量に巻き上げて落ちた。

――私が見てない間にこんなにご飯を持ってきていたのか。

「……ちゃっかりしてるね」

「ありがとうございます」

別に褒めてないんだけどなぁ。


二人の楽しい食事の時間は静かに終わった。

『二人の食事』、なんて事を言うとオグ姉はいつも『自分はロボットだから食べられない、だから一人じゃないのですか』って言うけれど。

それでも私にとってはちゃんと私とオグ姉、『二人』の時間だ。

オグ姉は火と水と食材の組み合わせでいつも美味しい料理を作ってくれる。

そして私が料理を『美味しい』と言うとオグ姉はカメラアイの蓋を半分ほど閉じて『ありがとうございます』といつもの返事を返してくれる。

そんな時間が私は大好きだ。

「そういえばさ、私の名前……決まった?」

満腹になって防災用毛布を敷いた地面でゆっくりしていた頃、私はふとオグ姉にそう切り出していた。

するとオグ姉は私の食べた食器を丁寧に片付けながら言った。

「いいえ、決まりません」

「えー。まだなの?」

「それよりも」

その時、かちゃりと首が動き、オグ姉の青い目がこちらを向くと、

「私としては、早くあなたに自分の名前を決めて欲しい所なんです」

「どーして?」

「私から呼びかける時、何とお呼びすればいいかわからないからです」

「あはは」

思わず笑ってしまう。

見るとオグ姉の青い眼の光がパチパチと点滅している。

こうやって動揺して困ったオグ姉は中々珍しいので、ちょっと気分がいい。

とはいえ、私も譲れないところがある。

「私はね。自分の名前はオグ姉につけてもらいたいの。だって記憶無くして何もわからなくなって最初に目が覚めた時、私を助けてくれたのがオグ姉なんだから」

「……」

――そう。私にはいつからか記憶が無かった。

今の私の頭に残った一番初めの記憶。

それは光も音もない真っ暗な闇の中。

どうしたらいいかわからないまま、泣きながら一人暗闇の中をさまよっていると青い眼を光らせてやってきた制服姿の白いロボット――オグ姉と出会った。

そして、私達はここまで一緒に旅をしてきた。

どこまでも続く真っ暗闇の道を、私の懐中電灯とオグ姉の青い光で照らしながら。

「でも、オグ姉ってどうしてオグ姉なんだっけ?」

「え? 覚えてないのですか?」

「うん。忘れた。なんでだっけ……? いつの間にか私呼んでたよね……?」

「……『オグ』という名は、初めにアルファベットを教えた頃、あなたが私の首元に書いていた識別コードを見て、その時に名付けて頂いたのです」

するとオグ姉は片づける手を止めると、私に向き直って首元を見せる。

そんなオグ姉に私は地面に置いていた懐中電灯を向けると、そこには『ⅠogⅠ』と『あるふぁべっと』が並んであった。

「ふーん……それが『オグ』だっけ? 覚えてないなぁ」

「……本当はこれオグとは読まないんですけど」

「えっ!」

思わず身を起こす私。

「そうなの!? なになに?」

「あなたが自分でご自身の名前を決めて頂けたらお教えします」

「えーずるーい」

「さぁ、そろそろライトを消して寝ましょう。明日はこの辺りを探検するのでしょう?」

う。それを言われてしまうと弱い。

でも、何だかオグ姉に誘導されたような感じだ。

とはいえ、確かに歩いた疲れと今ご飯を食べて眠くなってきたのもある。

正直、今にも意識を失いそうだ。

不承不承ながら私は眠気に勝てぬまま、懐中電灯のライトを消した。

暗闇の中、ぼんやりと青い光が見える。

オグ姉の目から灯る、薄く青い光だけど、とても安心する光。

その光へと私は静かに言う。

「……それじゃお休み、オグ姉。また明日ね」

「はい。おやすみなさい」

そう言うとパチッ、と音がして青い光が見えなくなった。

それを見た私はゆっくりと瞼を閉じ、やがて眠りに落ちた。


その日、私は夢を見た。

どこか知らない場所。

窓のいっぱいある大きな灰色の『柱』や、それよりも大きな白い綿あめみたいなものが青い『天井』の傍で浮かんでいる。

そんな場所を私は大勢の人と一緒に歩いている。

大勢の人。

それはオグ姉と一緒に旅をしてずっと望んでいたはずの光景だ。

しかし、歩く私の傍にはオグ姉の姿はない。

ただ大勢の人の列に私も加わって、黙ったまま歩いているだけだ。

皆一体どこにいくんだろう。

気になっていても、後ろからも人は来ているし、足を止めることは出来ない。

なぜか私もそうしなければいけないようになって、するとそれまで考えていたことがどうでもよくなってきた。

やがて、列の先の方を見ると見上げる程の巨大なお饅頭のような建物の中に皆が入ってゆく。

中は殆ど真っ暗で、硬いタイルが敷かれていた。

きっとこれは年月が経つとすぐに割れてしまうだろうな。

と、何故かそんな感想が一瞬浮かんで消えた。

歩く私たちの左右。

そこには自分たちの行く道を示すように青い光がぽつぽつと建物の奥まで続いているのが見えた。

青い光。見覚えのある光。

でも、なぜか思い出せない。

おかしい。それだけは忘れてはいけないハズなのに。

やがて暫く歩いていると、ふと暗闇からぐい、と手を引かれた。

白い硬化プラスチックの滑らかな感触。

白いロボットが虚ろな私を見つめていた。

やがて手を引かれるがまま、私はロボットについてゆく。

周りを見れば私の後ろにいた人も同じようなロボットに手を引かれ、どこかへ連れていかれていた。

それからどれくらい歩いただろう。

幾つもの小さな部屋や、大きな部屋も通ったような気がする。

ロボットに手を引かれ歩いたその長い長い道のりはどこか懐かしいような感じがした。

そして私はある部屋の前へ入った。

白い光に満ちた、とても大きな部屋。

部屋の奥が見えない程の空間だ。

中には色とりどりのコードに繋がれた、人が入れるほどの無数の缶詰のような物体が等間隔に並べられ、そこに白いロボットに手を引かれた人たちが入ってゆく。

そしてロボットに手を引かれる私は、ふと部屋の入り口からすぐ傍の壁に視線を送る。

そこには『あるふぁべっと』ではない、沢山の文字が並ぶ真新しい大きな看板があった。


ここは最後の地。『永遠のゆりかご』です


誰かが私に読んでくれたはずの文字。

読めないハズのその文字を夢の中の私はしっかりと読むことが出来た。

文字は続く。


数百年前。あなた達『人類』は皆、ロボットと呼ばれる存在でした


ですが発達する高度な生体ナノマシン、生体への拒否反応のない生化学パーツ製造技術が進んでゆくと共に、人間がロボットへ近づき、ロボットが人間へと近づいてゆきました


その内にいつしか人とロボットとの垣根が消えていつしか、ロボットと人間という隔たれた種族が一つの『人類』となったのです


その文字を見て私は理解した。

……そうか、思い出した。

今、私が見てるこれは夢じゃない。

過去の記憶だ。

そして……私や、ロボットに手を引かれて容器に入っていくあの人たちも同じ。

『人間そっくりに作られたロボット』なのか。

『人間をロボットに作った』のか。

今やそれすらも解らなくなった、人間とロボットの『垣根』そのもの。

『人類』だったんだ。

文字は続く。


そして今、私達人類には大きな危機が圧し掛かっています


技術によって死を克服し、過ごせるようになった長い時間


自ら得たその時間に私達は押しつぶされようとしているのです


ロボットと人間。そのどちらの脳にも等しく限界はありました


時と共に際限なく増え続ける記憶はさながらガン細胞のように『人類』の精神を蝕んでゆき、やがて記憶を処理できなくなると、例外なく自死の道へと進んでゆきました


この対策として『人類』は『忘れる』ことを決断しました


過去を忘れてしまえば、また新たな時を生きられる。しかし


それは決してかないませんでした。忘れてもすぐに記憶はあふれ出てしまうのです


そう。

それこそが、私がよく物事を忘れてしまう事の理由。

初めて真っ暗闇で目覚めた時に自分自身の名前も忘れ、自分でつけた名前も忘れ、元の自分が人間かロボットなのかもわからなくなり。

そして今、私の手を引くロボットを見てオグ姉を思い出した理由だ。

どれだけ忘れようとしても思い出す。

ガン細胞のように増え、私を殺す、大事な大事な私の記憶。

やがて私達『人類』はあふれ出る記憶を止めることが出来なくなって、自死への道を突き進んだ。それでも――


ですが、貴方達は自死の道を回避する方法があります


今、貴方達の前には永遠のゆりかご、『コールドスリープポッド』が並んでいます


このゆりかごの中で永遠の眠りを過ごすか、それとも生きてやがて自死を望むか


このまま案内のロボットの手を振り切って今からでも引き返しても構いません


すべては貴方自身の決断に委ねます


決断。

そうだ。思い出した。

私はその決断が出来なかったんだ。

眠ることも、生きることも選べず。

だから私は大きな缶詰のようなコールドスリープ機に入ったものの、起動スイッチを自分で押すことが出来ずにただその中で何もせずじっとしていたんだ。

そして今、私はロボットに手を引かれるままコールドスリープの機械の中に入っている。

機械の中は真っ暗で、手には中に入るときにロボットに持たされた機械の起動スイッチが握ってある。

何の音もない暗闇。

背中に伝わる冷たい感触。コールドスリープ機の背もたれの感触がやけにリアルに感じた。

あれ? 夢を見てたんじゃなかったの?

これは現実なの?

よく解らない。

いつからか自分は夢から醒めていて、ここには自分で来たのだろうか。

いや、元からいたのだろうか。

記憶にない。もう直前の自分の記憶すらも忘れてしまうようになったのか。

さっきオグ姉を思い出した時みたいに、また思い出せればいいのだけど。

結局、私はいつもこうだなぁ。生きることも死ぬことも。自分じゃ何も決められないで、その内にどんどん忘れていっちゃって。でも、オグ姉の事は思い出せた。自分で名付けたことも忘れちゃってたけど。

それでも、ちゃんと思い出したよ。旅した時の事。

私がオグ姉の作ってくれたご飯を食べて『おいしい』って言うと『ありがとうございます』って言った二人の時間。

カメラアイの蓋をパチパチして瞬きしたり、私の『おいしい』に半分蓋を閉じて恥ずかしそうにしてるオグ姉のかわいい仕草。

寝ても覚めても、オグ姉はいつもそばにいて、私と一緒に歩いてくれた。

でも今、コールドスリープ機の中に入った私の傍にオグ姉はいない。どこにもいない。

やがて、真っ暗闇の中にいる内に色んな事を忘れていった。

私の指は自然とボタンにかかる。

このボタンを押せば私も他の『人類』達と同じように死ぬことなく永遠に眠ることが出来るのだろう。

でも押せない。一人は怖い。

オグ姉。今どこにいるんだろう。私が一人でこんな所に来ちゃって心配してるかな。

ああ、いつの間にかもう言葉も出せなくなっている。言葉ってどうやって出すんだっけ。

ああ、暗闇がいっぱい目に飛び込んで来る。時間が私の記憶を埋め尽くしていく。

もうだめなのかな。私も解らなくなって死んじゃうのかな。

今は頭の中で考える事しかできない。

会いたいよ。

会いたい。

どこにいるの。

オグ姉。


その時――目の前に青い光が飛び込んできた。


「馬鹿ですか貴方はッ!? 何をしてるんですかこんなところでッ!?」

突如、聞いたことのない程に声を荒げ、オグ姉がコールドスリープの蓋をこじ開けて中に入って来た。

動揺を表すように青い眼がチカチカと点灯している。

また新しいオグ姉の『表情』が見れた。

記憶が薄れ意識が失いそうになる中、私は思わずへんなのと言って笑おうとした。

けど、私の口から出たのは言葉ではなくヒュー、と息のような音が漏れるだけだった。

ああ、やっぱり言葉が出せない。どうやるんだっけ。

思い出さないと。

ここでちゃんと言えないと、これが最期なんだから。

「とにかくここから出ましょう! さあ、そのボタンから手を放してください! 早く!」

「……ご……ごめん、オグ……姉、私、ここにいたい」

「な、何を言ってるんですか。これからまだまだ旅をして探すんでしょう!? 人を!」

「ううん、もういないの。きっとヒトは私で最後」

「そんなことありません! 見る前から諦めるなんて、あなたらしくないじゃないですか!」

「違う、見たの。……思い出したの。全部」

「……!!」

「『人類』は長く生きれば死ぬことが決まってた、だから眠る事を選んだの。でも、私はそれを今まで「先延ばし」にしてただけ」

「……」

「でもそれも、もう限界かな」

「……!」

「ごめんね、オグ姉。もう色々忘れてるみたい。オグ姉のことも、思い出せたけど、またすぐに忘れちゃいそう。だから――」

「――いいえ。そんな事にはさせません、絶対に」

断言するような口調。

それはオグ姉のはずなのにまるで別人のようだった。

「オグ姉……?」

「白状します。私は今の貴方達人類を作り出した研究者――そして貴方達が『オリジナル』と呼ぶ、旧世代の人間です」

本当の人間。

やがて白い硬化プラスチックに覆われたロボットは語りだした。

「確かに私の全身はロボットです。しかし、これらは何れもサイボーグ技術によって作られたもので、脳を始めとする神経系はオリジナル由来のものです」

――そっか。オグ姉、人間だったんだ。

でも、それを聞いても私は全然驚かなかった。

だって、私が覚えているオグ姉のかわいい仕草はどれも人間そのものだったから。

「私はサイボーグ技術によって長い時間を得ました。そこで私は自らの研究にその時間をつぎ込んだのです――『永遠に生きられる人類』を」

オグ姉の話はこれまでずっと抱え込んでいて誰かに言いたかったのだろうか、堰を切ったように続く。

「……今思い返せば、貴方達のような存在は作るべきではなかった。生きながら膨大な記憶に潰され、死にゆく存在を。私はその責任をとって、この巨大なゆりかごを――コールドスリープ施設を作り、せめて安らかに眠ってもらおうとしたのです」

「……そっ、か。おぐねえが、ここをつくってくれたんだね」

「ええ。とはいえ今から思えばそれは償いではなく、ただの諦めです」

「そんなこと、ないよ、やさしいよ、オグねえは」

「……私の本当の名前をまだ言ってませんでしたね」

言って、オグ姉は白い手であるふぁべっとの書かれた自分の胸を示した。

「あなたがオグと読んだこれは『logⅠ(ログワン)』と読みます」

「ろぐ……わん……?」

「名の通り、記録(ログ)を取ることに特化した長期稼働サイボーグ体。食べることも、飲むことも出来ない。ただ貴方達人類をこの場に招き、眠りを見守り、記録するために作った『私の体』です――でも、もう見てられません」

「え……?」

「コールドスリープを選んだ人類は皆、きっとボタンを押さざるを得なかった。記憶に潰され、死にたくないから。そしてまだ生きれただろう皆を私が殺してしまった」

「……」

「貴方達をここへ招いたログシリーズは私を初め数多くいました。皆、私のように永遠に生きられる人類を作った研究仲間達(オリジナル)です」

言って、オグ姉の青く光る目がまたチカチカと明滅する。

「そして皆、ここで人類の眠りを看取って、記録を取るうちに自ら死んでゆき……今、ログワンである私が最後の一人となり、本来ならここで『最後の人類であるあなた』を看取って最後の記録(ログ)を取り、役目を果たすはずでした。しかし――」

――ああ、そうか。そういう事だったのか。

大丈夫。オグ姉、その先は解ってるよ。

「でも、わたしはいつまでも……ねむることができなかった。そんなわたしを……おぐねえは出してくれた。……そうだよね?」

初めて目が覚めて、何も分からぬまま、恐ろしい暗闇の中で見た青い光。

自分を連れだしてくれたオグ姉の青い眼の光。

「……意地悪だね、オグ姉は。人を探しに、旅をしようって決めた時、人がいないって知ってたら、教えてくれても良かったのに」

「はい……ごめんなさい……」

消え入りそうな声。涙を堪えるような声。

プログラムされた人間の模倣しかできない、人類(わたし)よりもよっぽど人間らしい。

だから『人はもういない』ってホントの事を教えず、『一緒に人を探そう』なんて嘘をついて一緒に旅をしてくれたんだろう。

そうすれば『コールドスリープの事なんて忘れちゃうくらい沢山の時間をすごせるから』。

ほんと、オグ姉はちゃっかりしてる。

でも、大事なことを幾つも忘れてる。

『全人類を収めるこの大きなドーム』はどれだけ私達が歩いても『外』に出れない程に広大で。

私達『人類』は忘れてもこうして過去の記憶を思い出し、また忘れてゆき、壊れてゆく。

そして、何より――

「オグ姉、じゃあ、もう一つ「本当の事」教えて」

「何ですか……?」

見つめるオグ姉の青い光。

それを見ながら私はさっきから気になっていた事を口にする。

「オグ姉も……もうすぐ死んじゃうの……?」

沈黙。それからややあってオグ姉は――こくりと頷いた。やっぱり。

恐らくここまで長い時間が経ったことでオグ姉の――サイボーグとしての命がつきかけているのだろう。

オグ姉ももう限界なんだ。

「じゃあ……オグ姉、最後にお願いがあるの」

「ダメです! お願いですから最後なんて言わないでください! あなたはまだ――」

「このボタンを……オグ姉に押してほしいの……」

言って私は手に持っていたボタンをオグ姉の白い手に寄せる。

「!! ……そ、そんな……こと……!」

「どうしても、自分じゃ押せないの。お願い、私、最後に、オグ姉の事、覚えていたいの」

辛いことを押し付けてると分かっている。

だけど、そうでもしないと私は逝けそうにない。

「……わかりました。でも、少しここで待っていてください。最後に記録してきます。あと……」

「?」

「私も中に入れてくださいね。眠るときは二人一緒ですよ」

私は口からひゅうぅ、と息を吐き出してヘタクソに笑った。

「……いいよ、せ、せまくても、しらない。けどね」

それから『記録』を終えて戻ってきたオグ姉は私と同じコールドスリープのポッドの中に入ってきた。ボタンはオグ姉の白い手が握ってくれている。

「それじゃあ、おやすみなさい。……ヒカリ」

ヒカリ。

それはきっと私のことだろうか。

その名を呼ぶ声に合わせてボタンがカチリとなった。

「うん。おやすみ……なさ、い。オグね、え」

暗いポッドの中で何とかおやすみの言葉を言う。

やがて閉じた瞼の向こうでかすかな青い光が見えなくなった。

同時、コールドスリープの装置が起動し、辺りがぞわぞわと冷気が立ち込める。

ひとりじゃきっと恐ろしい、耐えきれなかった冷気。

でも、今の私はなんともなかった。

だって今は二人だ。

オグ姉は今も私の体をやさしく抱きしめてくれている。

一緒にいてくれてありがとう、オグ姉。

最期まで大好きだよ。


最後に残ったコールドスリープ装置が冷却を終えた頃。

その装置があった部屋の入口にある看板にはある文字が書かれていた。

それは他の誰かが上書きをするように同じ文字を何度も書いたせいで、他はかすれて読めないのに拘らずハッキリと読むことが出来た。


そうして人類は永遠の眠りについた。

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